芥川龍之介

二日月 君が小指の爪よりも ほのかにさすは あはれなるかな

すがれたる 薔薇をまきて おくるこそ ふさはしからむ 恋の逮夜は

美しき 人妻あらむ かくてあゝ わが世かなしく なりまさるらむ

One thought on “芥川龍之介

  1. shinichi Post author

    二日月 君が小指の爪よりも ほのかにさすは あはれなるかな

    すがれたる 薔薇をまきて おくるこそ ふさはしからむ 恋の逮夜は

    美しき 人妻あらむ かくてあゝ わが世かなしく なりまさるらむ

    かなしみは 君がしめたる 其宵の 印度更紗の 帯よりや来し

    其夜より 娼婦の如く なまめける 人となりしを いとふのみかは

    香料を ふりそゝぎたる ふし床より 恋の柩に しくものはなし

    うかれ女の うすき恋より かきつばた うす紫に 匂ひそめけむ

    麦畑の 萌黄天鵞絨芥子の花 5月の空に そよ風の吹く

    幾山河 さすらふよりも かなしきは 都大路を ひとり行くこと

    春漏の 水のひゞきか あるはまた 舞姫のうつ とほき鼓か

    ほのぐらき わがたましひの 黄昏を かすかにともる 黄蝋もあり

    憂しや恋 ろまんちつくな少年は 日ねもすひとり 涙流すも

    いつとなく いとけなき日の かなしみを われにおしへし 桐の花はも

    いととほき 花桐の香の そことなく おとづれくるを いかにせましや

    うつゝなき まひるのうみは砂のむた 雲母のごとくまばゆくもあるか

    広重の ふるき版画の てざはりも わすれがたかり 君とみればか

    初夏の 都大路の夕あかり ふたゝび君と ゆくよしもがな

    片恋の わが世さみしく ヒヤシンス うすむらさきに にほひそめけり

    病室の 窓にかひたる 紅き鳥 しきりになきて 君おもはする

    五月来ぬ わすれな草も わが恋も 今しほのかに にほひづるらむ

    刈麦の にほひに雲もうす黄なる 野薔薇のかげの夏の日の恋

    香料を ふりそゝぎたるふし床より 恋の柩にしくものはなし

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