日本の福祉(伊藤昌亮)

そもそも日本は、社会保障費の対GDP(国内総生産)比が2019年の時点で北欧諸国はもとより米国やドイツも下回るなど、福祉の規模が小さい国です。そして国に代わって疑似的な福祉を支えたのが企業と家庭です。企業の年功序列での終身雇用と手厚い福利厚生が働き手を支え、専業主婦の存在を前提にした家庭が育児と介護を担いました。1990年代までの弱者の多くはこの企業福祉、家庭福祉の枠に入らなかった人でした。

2 thoughts on “日本の福祉(伊藤昌亮)

  1. shinichi Post author

    「私の方がつらい」弱者争う社会 「大変だね」の同情、敵意に変化

    by 加藤勇介

    https://www.asahi.com/articles/ASRB072CBRBSUCVL064.html

     「年収が多くても暮らしに余裕なんかない。優遇措置が多い非課税世帯はずるい」「本当の弱者は男性、守られる立場の女性がうらやましい」……。世間的には「勝ち組」とされる人が自ら弱さをさらけ出し、時には他の弱者を攻撃する「弱者争い」のような状況がSNSなどで起こっている。

     論壇誌で「ひろゆき論」など話題の論考を相次いで出している成蹊大の伊藤昌亮教授(メディア論)に、なぜこうした現象が起きるのかを聞いた。

    ある面では恵まれている「とても大変」な人
     ――「強がる」の言葉はあっても、「弱がる」とは言いません。それが最近は、なぜあえて弱さを声高に叫ぶ風潮があるのでしょうか?

     「強がるのは、自分は権力を持っていると存在を誇示し、社会の中でその権力に見合う権利や認知を求めていると思われます。弱さを見せるのも、実は同じでしょう。弱いから自分は社会の中で擁護されないといけない、このつらい気持ちが共感してもらえないのはおかしいと異議を唱える点で、認知の要求と思われます」

     「強がる人たちによる強者争いから、弱さを叫ぶ人による弱者争いが目立つようになっているのは、日本の社会の大きな構造変化により『あいまいな弱者』が増えているのが原因でしょう」

     ――「あいまいな弱者」とは何でしょうか?

     「昔は弱者が明確でした。高齢者、子ども、障害者、失業者……と、その属性が一言で説明できます。明確であるがゆえに、弱者を社会全体で支えることへの反発も大きくはありませんでした」

     「そもそも日本は、社会保障費の対GDP(国内総生産)比が2019年の時点で北欧諸国はもとより米国やドイツも下回るなど、福祉の規模が小さい国です。そして国に代わって疑似的な福祉を支えたのが企業と家庭です。企業の年功序列での終身雇用と手厚い福利厚生が働き手を支え、専業主婦の存在を前提にした家庭が育児と介護を担いました。1990年代までの弱者の多くはこの企業福祉、家庭福祉の枠に入らなかった人でした」

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  2. shinichi Post author

    「こっちの方がつらい」弱者争う社会 成蹊大・伊藤昌亮教授に聞く

    世田谷区三軒茶屋の税理士日記

    https://ast-yy.com/?p=4125

    「年収1千万円でも暮らしに余裕なんかない。優遇措置が多い非課税世帯はずるい」「本当の弱者は男性、守られる立場の女性がうらやましい」……。世間的には「勝ち組」とされる人が自ら弱さをさらけ出し、時には他の弱者を攻撃する「弱者争い」のような状況がSNSなどで起こっている。
    成蹊大・伊藤昌亮教授

    https://ff212d8036d16fc439933fe62fb7d999.safeframe.googlesyndication.com/safeframe/1-0-40/html/container.html

    確かによく聞くかもしれないですね。

    多分、ネットでたくさんの情報が共有され、新しいビジネスもどんどん生まれ

    旧態依然としたビジネスは斜陽化し、個人の能力がクローズアップされていく時代

    そういう時代が変わっていく中で、強者だと思われていたゾーンがいつのまにか

    あいまいに弱者と変わっていってるのかもしれないですね。

    この潮流は、日本だけでなく世界的な流れのようで、

    アメリカでは、明確な弱者保護に反発した白人層を中心に

    トランプ前大統領の人気につながったとのこと。

    先日、マレーシアに行ったのですが、

    びっくりするぐらい発展しているというか、日本とそん色ないくらいの

    発展ぶりだし、逆に英語も普通に使われているし、ライドシェアも当たり前。

    日本にいたときの自分自身の思考停止ぶりに驚くとともに、

    このままではいかんなと感じて戻ってきました。

    こんなにダイナミックに世界が変わっているのであれば、

    このような弱者を争うような価値観が出てくるのもわかる気もします。

    最後に、「チー牛」という揶揄の言葉が紹介されており、初めて聞き

    調べてみて驚きました。

    どんどん内向きになっていく風潮は危惧しますが、だからと言って、

    抜本的な解決方法は、すぐには見つからないかもしれません。

    まずは、若い人を中心に海外にでたりいろいろな景色を経験したり見たりできる

    ようなサポート体制が整うことでしょうか。

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