情報と人々の関係は、雨と陸地の関係に似ている。かつては、土が雨を吸収するように、人々は情報を得てそれをまた糧としていた。そして、大地が潤うように豊かになっていった。それは八〇年代に「消費社会」という森になった。
今の風景は、まったく異なる。人々はコンクリートの地面のように情報をはじいている。常に豪雨が続いているような状況では、情報に押し流されてしまうからだ。ほとんどの情報が下水道に流される一方で、お望みの水路から自分の蛇口へとつないでくれるグーグルのような存在が重宝される。
情報と人々の関係は、雨と陸地の関係に似ている。かつては、土が雨を吸収するように、人々は情報を得てそれをまた糧としていた。そして、大地が潤うように豊かになっていった。それは八〇年代に「消費社会」という森になった。
今の風景は、まったく異なる。人々はコンクリートの地面のように情報をはじいている。常に豪雨が続いているような状況では、情報に押し流されてしまうからだ。ほとんどの情報が下水道に流される一方で、お望みの水路から自分の蛇口へとつないでくれるグーグルのような存在が重宝される。
電通とリクルート
by 山本直人
発散志向広告 電通
収束志向広告 リクルート
電通をはじめとする大手広告代理店の収益は、マス・メディアとの長い歴史の中で育まれた関係を維持することでもたらされてきた。広告ビジネスには、外部からの印象以上にきわめて「農耕的」な風土がある。
それに対して、リクルートは次々とメディア自体を開発して、クライアントを開拓してきた。対比的にいえば、明らかに「狩猟的」である。何もないところからビジネスを興してきたのだ。
新たな情報誌を創刊するには、ゼロからお得意先を開拓する必要がある。それに比べると電通などの大手広告代理店は、その売上げのほとんどが、既存得意先からのものだ。
もちろん新規得意先も存在するが、リクルートのように自らメディアを開発して、そのためにあちらこちらに行くわけではない。いわゆる総合広告代理店の営業は、代々にわたって引き継がれた取引関係を維持することが最大の責務であった。
リクルートが毛細管の拡張と維持を最大の経営資産としていったのに対して、電通は元栓を押えることで収益の基盤を確立した。
(sk)
リクルートは、agence de publicité convergence。
電通は、diffusion publicitaire で儲けてきた。
それぞれ、まったく違うビジネスだけれど、ともに、日本的ではある。