谷崎潤一郎

ナオミは奇妙にあんな地質が似合いました。それも真面目な着物ではいけないので、筒ッぽにしたり、パジャマのような形にしたり、ナイト・ガウンのようにしたり、反物のまま身体に巻きつけてところどころをブローチで止めたり、そうしてそんななりをしてはただ家の中を往ったり来たりして、鏡の前に立って見るとか、いろいろなポーズを写真に撮るとかして見るのです。白や、薔薇色や、薄紫の、紗のように透き徹るそれらの衣に包まれた彼女の姿は、一箇の生きた大輪の花のように美しく、「こうして御覧、ああして御覧」と云いながら、私は彼女を抱き起したり、倒したり、腰かけさせたり、歩かせたりして、何時間でも眺めていました。

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2 Responses to 谷崎潤一郎

  1. shinichi says:

    私はその時分、彼女をつくづく天稟の淫婦であると感じたことがありましたが、それはどう云う点かと云うと、彼女はもともと多情な性質で、多くの男に肌を見せるのを屁とも思わない女でありながら、それだけ又、平素は非常にその肌を秘密にすることを知っていて、たとい僅かな部分をでも、決して無意味に男の眼には触れさせないようにしていたことです。誰にでも許す肌であるものを、不断は秘し隠しに隠そうとする、―――これは私に云わせると、確かに淫婦が本能的に自己を保護する心理なのです。なぜなら淫婦の肌と云うものは、彼女に取って何より大切な「売り物」であり、「商品」であるから、場合に依っては貞女が肌を守るよりも、一層厳重にそれを守らねばならない訳で、そうしなければ、「売り物」の値打ちはだんだん下落してしまいます。ナオミは実にこの間の機微を心得ていて、嘗て彼女の夫であった私の前では、尚更その肌を押し包むようにするのでした。が、では絶対に慎しみ深くするのかと云うと、それが必ずしもそうではなく、私がいるとわざと着物を着換えたり、着換える拍子にずるりと襦袢を滑り落して、
    「あら」
    と云いいながら、両手で裸体の肩を隠して隣りの部屋へ逃げ込んだり、一と風呂浴びて帰って来て、鏡台の前で肌を脱ぎかけ、そして始めて気が付いたように、
    「あら、譲治さん、そんな所にいちゃいけないわ、彼方へ行ってらっしゃいよ」
    と、私を追い立てたりするのでした。
    こう云う風にして見せるともなく折々ちらと見せられるナオミの肌の僅かな部分は、たとえば頸くびの周りとか、肘ひじとか、脛はぎとか、踵かかととか云う程の、ほんのちょっとした片鱗だけではありましたけれども、彼女の体が前よりも尚つややかに、憎いくらいに美しさを増していることは、私の眼には決して見逃せませんでした。私はしばしば想像の世界で、彼女の全身の衣を剥ぎ取り、その曲線を飽かずに眺め入ることを余儀なくされました。
    「譲治さん、何をそんなに見ているの?」
    と、彼女は或る時、私の方へ背中を向けて着換えながら云いました。
    「お前の体つきを見ているんだよ、何だかこう、先より水々しくなったようだね」
    「まあ、いやだ、―――レディーの体を見るもんじゃないわよ」
    「見やしないけれど、着物の上からでも大概分るさ。先から出ッ臀だったけれど、この頃は又膨れて来たね」
    「ええ、膨れたわ、だんだんお臀が大きくなるわ。だけども脚はすっきりして、大根のようじゃなくってよ」
    「うん、脚は子供の時分から真っ直ぐだったね。立つとピタリと喰っ着いたけれど、今でもそうかね」
    「ええ、喰っ着くわ」
    そう云って彼女は、着物で体を囲いながらピンと立って見て、
    「ほら、ちゃんと着くわよ」
    その時私の頭の中には、何かの写真で覚えのあるロダンの彫刻が浮かびました。
    「譲治さん、あなたあたしの体が見たいの?」
    「見たければ見せてくれるのかい?」
    「そんな訳には行かないわよ、あなたとあたしは友達じゃないの。―――さ、着換えてしまうまでちょいと彼方へ行ってらっしゃい」
    そして彼女は、私の背中へ叩きつけるようにぴしゃんとドーアを締めました。
    こんな調子で、ナオミはいつも私の情慾を募らせるようにばかり仕向ける、そして際どい所までおびき寄せて置きながら、それから先へは厳重な関を設けて、一歩も這入らせないのです。私とナオミとの間にはガラスの壁が立っていて、どんなに接近したように見えても、実は到底踰えることの出来ない隔たりがある。ウッカリ手出しをしようものなら必ずその壁に突き当って、いくら懊れても彼女の肌には触れる訳に行かないのです。時にはナオミはヒョイとその壁を除けそうにするので、「おや、いいのかな」と思ったりしますが、近寄って行けば矢張元通り締まってしまいます。

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