五木寛之

私は、むかしから、お金というものを信用できませんでした。なぜこの紙きれで物が買えるのかと、不思議でならなかったのです。旧大日本帝国の植民地であった朝鮮半島で、敗戦を迎えたとき、その疑惑は現実のものとなりました。
それまで政府が保証していたお札は、国が倒れればまったく価値がなくなる。どんなに貯金があっても、ただの紙きれになってしまうのです。

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2 Responses to 五木寛之

  1. shinichi says:

    白秋期

    by 五木寛之

  2. shinichi says:

    味わう、ということは、どんなささやかなことでも、宝石に変えてしまう不思議な体験です。

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    私たちは、よろこびをもって生きたい。それを待っているだけではなく、自分からさがし出すことに慣れなければならない。どんなにつまらないことであってもいい、それをきょう一日の収穫として大事にしたい。<よろこび上手>こそ、苦しい世に生きていく知恵なのだ、とぼくは自分の体験から思うのです。

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    世の中に、自分で試してみないでわかることなんか、ひとつも無い。

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    人生の目的は、「自分の人生の目的」を探すことである。

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    一日に一回、どんなことがあってもよろこぶ。そう決心しました。

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    私たちは、まず、自己を肯定するところから出発したほうがいいようです。自己を肯定し、自己を認めてやり、自己をはげまし、よろこばせること。それが必要ではないか。

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    大事なことは何か。なにごとによらず、一つずつの行為を十分にあじわいながら、その一瞬を大切に過ごすこと。それがいま、特に大切に思われてならないことなのです。

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    人間は誰でも自分がいちばん大切なのです。そして、そのことをほんとうに自覚した人間だけが、自然なかたちで他人を大切に思うことができる。

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    人間これという一つに打ちこんだら、驚くほどのことができる。

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    楽しいことは長続きする。好きなことは長続きする。気持ちのいいことは長続きする。そうでないことは、どんなに強制されても結局は続かない。

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    人間の値打ちというものは、生きている-この世に生れて、とにかく生きつづけ、今日まで生きている。そのことにまずあるのであって、生きている人間が何事を成し遂げてきたか、という人生の収支決算は、それはそれで、二番目ぐらいに考えていいのではないだろうか、と思うようになりました。

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    二十一世紀は情報社会だけど、情報の情は「情(こころ)」なんです。そう考えれば、現代は“こころ”の時代ということになりますね。

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