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1935年12月、国際放送電報規則が改正され、国内有力新聞191社と日本放送協会を組合員とし、内外通信の入手と配布を独占する新しい通信社の設立が決まる。
1936年1月、日本電報通信社 (電通) のニュース通信部門と新聞聯合社 (聯合) が合併して同盟通信社 (同盟) が設立された。これにより、電通は広告代理店専業となる。
1936年から1945年まで、同盟は日本の国家代表通信社として、また東洋最大の通信社として君臨した。しかし帝国と共に拡大した同社の命運は、帝国と共に尽きることとなる。
1945年9月、GHQ により海外向け外国語放送が遮断され、業務停止命令が下り、事前検閲が開始される。そして「新聞界の政府からの分離」が発令される。
1945年10月、同盟が解散。一般報道部門などは共同通信社、経済報道部門などは時事通信社、芸能部門などは連合通信社となる。

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