Category Archives: modern times

民族

近代になってから民族は国家に取り込まれ
人々は国家の枠組みにはめ込まれていった
国家は国歌や国旗や物語や法律を作り
人々に忠誠心を求めた
戦争で敵の正義を信じるものはなく
スポーツで敵を応援しようとする人はいない
連帯の感情で出来上がった国民は
かきたてられた愛国心を疑ったりしない
連帯にはなんの根拠もなく
愛国心も郷土愛の延長にはない

どの枠組みからもこぼれ落ちた人たちは
民族にも国家にも属することができず
流浪する民を演ずるしかなかったが
流浪の果ての無国籍の不自由は
時間と共に消えてゆき
気づけば自由人になっていた
国家にはめ込まれた人たちは
心から自由人を憐れんで
自由人の自由に気づくことはなかった

梶谷懐

テクノロジーの進化に支えられた「監視社会化」と、「市民社会」との関係については、これまでも欧米や日本などの事例をめぐって活発な議論の蓄積があります。
そこでは、テクノロジーの進展による「監視社会」化の進行は止めようのない動きであることを認めたうえで、大企業や政府によるビッグデータの管理あるいは「監視」のあり方を、「第三の社会領域」としての市民社会がどのようにチェックするのか、というところに議論の焦点が移りつつあります。
しかし、現代中国のような権威主義体制をとる国家において、「市民(社会)による政府の『監視』の監視」というメカニズムは十分に機能しそうにありません。だからといって、中国のような権威主義的な国家における「監視社会」化の進行を、欧米や日本におけるそれとはまったく異質な、おぞましいディストピアの到来として「他者化」してしまう短絡的な姿勢もまた慎むべきでしょう。
「監視社会」が現代社会において人々に受け入れられてきた背景が、利便性・安全性と個人のプライバシー(人権)とのトレードオフにおいて、前者をより優先させる、功利主義的な姿勢にあるとしたら、中国におけるその受容と「西側先進諸国」におけるそれとの間に、明確に線を引くことは困難だからです。
私は、このような問題を考察するうえでは、「監視社会」が自明化した現代において、私利私欲の追求を基盤に成立する「市民社会」と、「公益」「公共性」の実現をどのように両立させるのか、という難問を避けて通るわけにはいかない、と考えています。
例えば、中国社会を論じる際に1つの重要な軸であり続けた、近代的な「普遍的な価値」「市民社会論」の受容、という主題はすでに過去のものになりつつあるのでしょうか。あるいは、現代中国の動きは「管理社会化」の先端を行く事例として、日本に住むわれわれにとっても参照すべき課題を提供しているのでしょうか。
こういった「問い」を自分たちにも突きつけられている問題として受け止めることが、中国のような権威主義国家の台頭を前に、私たちに必要とされている姿勢なのだと思います。

両角達平

グレン・グリーンウォルド氏は、ユビキタスな監視システムは、抗議活動などの抑圧や制限を進めるだけでなく、人々の意識下における「反対意見」すらも殺してしまうことにつながることを、1975年のスタンフォード大学の心理学者によって行なわれた大規模実験「監視の萎縮効果」を引用しながら述べている。またイギリスの哲学者ベンサムの「一望監視装置」を引用し、「監視されている」という意識を囚人に植え付けることが、服従、盲従、予定調和的な行動を導くという主張をしている。
つまり監視システムは、「観られている」という意識を人々に埋め込むことで、人々に同調的な行動を求め、反対運動を起こさせないようにし、社会の「異端」を排除し、多様性を否定した社会へ導くことになるのだ。「私は、隠すものなんてないから関係ない」という個人的な問題ですまないのはこのためである。民主社会に不可欠な政府を監視するジャーナリストや市民を沈黙に陥れる危険性があるということなのだ。

竹宮惠子

時はS・D(スペリオル・ドミネーション)の時代。
地球の壊滅的な危機に瀕し、人類が選んだのは、徹底的に管理された社会の実現であった。
S・D社会においては、学業も、職業も、結婚も、生き方も、妊娠・出産までもが「マザー」と呼ばれるコンピュータ・ネットワークに管理され、それに従うことが義務づけられている。そして人間も、すべての意志決定を「マザー」に委ねることで心の平和を得、迷いのない、安全確実な人生を享受していた。
が、一方で、人工授精を管理するラボラトリーでは、かなりの高確率で「ミュウ」と呼ばれる突然変異種が誕生していた。
盲目や聴覚障害など、元々、肉体の不備をもって産まれた彼らは、15歳の時に強制的に行われる『成人検査』によって、念力や透視力、予知能力といった超人的な能力を持つようになり、いつしか「人類の敵」として人間社会から追われるようになった。
彼らの願いはただ一つ。地球(テラ)に帰還し、人類と共存することだ。

日本教育ゼミナール

「近代的自我」という物語−壮大な、あまりにも壮大な”虚構”?−
それは、物語に過ぎない。たとえば、なぜ、理性は人種的偏見を肯定したか。「自由、平等、博愛」とヒューマニズムの美しすぎる美しさを謳ったはずなのに、言ってることとやってることが違う。価値観を同じくする身内だけでの相互扶助。それは、自分の属するコミュニティー「の、による、のための」物語に過ぎない。
自立する個人が、個性的に能力を発揮し、理想的に社会を発展させるという理想社会。だが、-べきだ、-はずだ、と他を排除し攻撃する自己中心性。これこそ普遍だ、と主張する特殊性。漱石も鴎外も、求めて結局わからない「近代的自我」。晩年、日本的伝統の中に安らぎを見出す。当然だ、人は自分達の物語=文化の中で生きているのだから。
社会変革に行き詰まり、「普遍的」な大きな物語を失おうとしているかに見える今、「近代的自我」だけが肥大化し、かつてあると信じたユートピアを求めて、亡霊のようにさまよっている。「近代的自我」という名の亡霊が。

Julia Unwin

As a society, we appear to have lost the instinct for kindness and the willingness to extend the hand of friendship. Our responses to children, to older people, to strangers, are all conditioned by a concern not to offend and a fear of getting involved.

東京新聞

 石牟礼道子さんの魂は天草の自然とともにあり、水俣の被害者と一体だった。そしてそのまなざしは、明治以来急激に進んだ近代化への強い懐疑と、そのためになくしたものへの思慕に満ちていた。
 常世とこの世のあわいに住まう人だった。童女のように笑みを浮かべて、おとぎ話を語り継ぐように深く静かに怒りを表した。
 彼女の魂は、不知火の海、そして出生地の天草、水俣の人や自然と混然一体だった。
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 彼女の魅力は詩情であり、水俣病患者や土地に宿る鳥獣虫魚、自然の声なき声の語りにあり、言葉の本質を考えさせられる。彼女が作者ではなく、何かが彼女に筆を執らせているのだ。また地方性、土着の思想が石牟礼文学には潜在した。
 社会活動家としての彼女より、ひとりの人として生き、文学的磁場を崩さず最期まで貫いたその感性を讃えたい。

昭和の子

『評伝 石牟礼道子─渚(なぎさ)に立つひと』(米本浩二著、新潮社)が胸を打つ。
水俣病闘争は、道子にとって幻想が打ち砕かれていく過程であった。幻想とは「あの世」ではない。「この世」でもない。「もうひとつのこの世」をこの世に出現させること。一九七三年の心情。「永遠に空転している感じです」「文学と運動との間が破綻する。ひきさけてくる」。そして、絶唱。〈いつの日かわれ狂ふべし君よその眸そむけずわれをみたまえ〉
幻がなければ闘えない。幻を支えるのは「狂」である。道子の「狂」は祖母モカに淵源し、水俣病患者への寄り添いがこれを鍛えあげた。
道子の評伝を島尾ミホの評伝『狂うひと』(梯久美子著、同)と並べて読むと、コクが増す。ミホの「狂」は、抽象化すれば、戦争の記憶に蓋をして顧みない「戦後」への異議申し立てだった。道子の「狂」は、効率のためには切り捨てても顧みない「近代」への異議申し立てだった。ミホは夫と奄美へ帰り、小説を書き始める。ミホも道子も地に根づき、言葉を紡ぐことで身を鎮めていく。
二人から見たら、こちら側の私たちこそが「狂」であろう。二冊の評伝が澄んだ「鏡」となって、昭和の顔を映し出す。

千葉日報

運転支援機能を搭載した日産のミニバン「セレナ」を試乗した客にブレーキを踏まないよう指示して事故を起こしたとして、県警交通捜査課と八千代署は14日、八千代市内の日産自動車販売店の店長男性(46)と同店の営業社員男性(28)を業務上過失傷害容疑で、試乗した客のトラック運転手男性(38)を自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、千葉地検に書類送検した。
書類送検容疑は、営業社員男性は昨年11月27日午後4時50分ごろ、セレナの試乗に来たトラック運転手男性の助手席に同乗。店舗近くの八千代市大和田新田の市道で、アクセルやブレーキ、車線保持などの運転を支援するクルーズコントロール機能が危険を検知して自動停止すると誤った認識のまま、運転手男性に「本来はここでブレーキですが、踏むのを我慢してください」と指示。男性はブレーキを踏まず、信号待ちしていた乗用車に衝突。乗っていた30代の夫婦に全治2週間のけがを負わせた疑い。
同社ホームページによると、セレナは、高速道路での運転を支援する「同一車線自動運転技術」と危険を察知して自動でブレーキがかかる「エマージェンシーブレーキ」を搭載。交通捜査課によると、本来は車両の単眼カメラで危険を察知して自動ブレーキがかかるが、事故当時は夜間で雨が降っており、追突された車は黒色だった。セレナに故障や異常はなく、同課では「対向車の前照灯など道路環境や天候が重なり、自動ブレーキが作動しないまま追突した」と結論づけた。

Rachel Carson

CarsonWe stand now where two roads diverge. But unlike the roads in Robert Frost’s familiar poem, they are not equally fair. The road we have long been traveling is deceptively easy, a smooth superhighway on which we progress with great speed, but at its end lies disaster. The other fork of the road — the one less traveled by — offers our last, our only chance to reach a destination that assures the preservation of the earth.

Rachel Carson

Since the mid-1940’s over 200 basic chemicals have been created for use in killing insects, weeds, rodents, and other organisms described in the modern vernacular as “pests”; and they are sold under several thousand different brand names.
These sprays, dusts, and aerosols are now applied almost universally to farms, gardens, forests, and homes—nonselective chemicals that have the power to kill every insect, the “good” and the “bad,” to still the song of birds and the leaping of fish in the streams, to coat the leaves with a deadly film, and to linger on in the soil—all this though the intended target may be only a few weeds or insects. Can anyone believe it is possible to lay down such a barrage of poisons on the surface of the earth without making it unfit for all life? They should not be called “insecticides,” but “biocides.”

Édouard Daladier

Deux cents familles sont maîtresses de l’économie française et, en fait, de la politique française. Ce sont des forces qu’un État démocratique ne devrait pas tolérer, que Richelieu n’eût pas tolérées dans le royaume de France.
L’influence des deux cents familles pèse sur le système fiscal, sur les transports, sur le crédit. Les deux cents familles placent au pouvoir leurs délégués. Elles interviennent sur l’opinion publique, car elles contrôlent la presse.

Émilie du Châtelet, Laura Bassi, Maria Gaetana Agnesi

emilieÉmilie du Châtelet (1706–1749) was a French mathematician, physicist and author.
Voltaire, one of her lovers, declared in a letter to his friend King Frederick II of Prussia that du Châtelet was “a great man whose only fault was being a woman”.


BassiLaura Bassi (1711-1778) was an Italian scientist. She received a doctoral degree from the University of Bologna in May 1732, only the third academic qualification ever bestowed on a woman by a European university, and the first woman to earn a professorship in physics at a university in Europe.


Maria_Gaetana_AgnesiMaria Gaetana Agnesi (1718–1799) was an Italian mathematician and philosopher and the second woman ever to be granted professorship at a university.
She is credited with writing the first book discussing both differential and integral calculus and was an honorary member of the faculty at the University of Bologna.

星野智幸

 それは田畑の中に突然出現した、プール付きの高層マンションであった(十一階建てだから現代ではもう高層とは言えないけれど)。横浜市北部の古く寂れた宿場町で、里山が削られて開発が始まりつつあった。小学校の同級生の半分は地元住民の子どもたち、残りの半分はどこかから移り住んできた新興住民の子どもたちだ。話す言葉も外見も違っていた。地元民の友だちが蜂の子を食べることに驚き、かれらの家の庭を掘って古銭探しを楽しむ一方、マンションの友だちの間では着飾ってプレゼントを交換し合うスノッブなお誕生日パーティーが流行った。
 つまり、私自身が「ファンタジーでしかない街」に育った第一世代だというわけだ。その街の移り変わりを示すような痕跡はきれいに消去され、ただ現在の夢だけがたゆたっているかのような空間。そのような環境で現実感覚を育んだ私のような人間が増えれば、当然、社会の中で常識とされる現実感覚も変わってくるはずだ。
 高台の住宅街の住民たちは、ほとんどが私と同世代かそれより下である。「ファンタジーでしかない街」に育った親が、さらに濃いファンタジーを求めてやってくるのだ。その子どもたちは、ファンタジーしか知らない世代の二世ということになる。
 それはとても贅沢で恵まれていることだと思う。けれども、現実感覚はますます空想の中に閉じ込められてもいくだろう。その子どもたちのリアリティーが、インターネット空間のリアリティーととてもよく親和することは、想像がつく。
 おそらく、私が街中の藪に惹かれるのは、夢から覚めたい、とどこかで熱望しているからだろう。ファンタジーである現実の中で心地よく暮らしながら、窒息しかけてその外に出たいとも感じているのだ。

Tony Paterson

Key2It was every bank manager’s nightmare come true: a German bank employee nodded off at his computer terminal while making what was supposed to be a minor money transfer and inadvertently drained €222m (£190m) from an account – without even realising it.
The hapless employee appeared before an industrial tribunal in the state of Hesse today to explain his actions. He told the tribunal that he had intended to transfer €62.40 from a retired employee’s account but “momentarily fell asleep” and ended up transferring €222,222,222.22.
He said the error appeared to have occurred because he dozed off with his finger on the “2” key of his computer keyboard. The tribunal heard how the culprit failed to notice his mistake, which was only spotted and rectified by bank staff hours later.
A colleague of the employee who made the mistake, a 48-year-old woman responsible for overseeing the bank’s outgoing payments, was subsequently sacked for allowing the error to slip through unnoticed. Yesterday’s case was brought because she claimed that she was unfairly dismissed. The tribunal found in her favour and said she should be reinstated.
Judges said she was not guilty of wilfully damaging the interests of the bank and that although she had made a “serious mistake” she should have been cautioned rather than sacked. The employee who fell asleep was merely admonished.

Marie Jean Antoine Nicolas de Caritat, marquis de Condorcet

Enfin, l’espèce humaine doit-elle s’améliorer, soit par de nouvelles découvertes dans les sciences et dans les arts, et, par une conséquence nécessaire, dans les moyens de bien-être particulier et de prospérité commune ; soit par des progrès dans les principes de conduite et dans la morale pratique ; soit enfin par le perfectionnement réel des facultés intellectuelles, morales et physiques, qui peut être également la suite, ou de celui des instruments qui augmentent l’intensité et dirigent l’em- ploi de ces facultés, ou même de celui de l’organisation naturelle de l’homme ?

東奏子

今月の電気代、はじめて500円を切ることができました。
今月も、今まで通り過ごして特に変わったことはしていませんが、(平日も休日も基本的に家や周辺で過ごして、半日以上の外出もしていません。)
日が長くなってきたので、照明を点ける時間が短くなったのと、本を書く作業が終わったので、パソコンを開く時間が減ったり、夜遅くまで起きていることが少なくなったことが関係しているのかなと思いました。

>Barry B. Kaplan

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Prior to the twentieth century, the proposal ritual in western tradition consisted of only two stages: a man asked a woman (in person or in a letter) for her hand in marriage, then met with her father to ask for his consent. The present day engagement proposal involving the giving of a diamond ring has augmented the erstwhile tradition and is now firmly established as a universal custom.
The inspired and brilliant marketing initiatives of one company, De Beers, and its talented throng of publicists, marketers, and advertisers has forever changed the way we perceive and value diamonds – symbols of esteem, wealth, luxury and above all, romance.

>Hubert Dreyfus, Sean Dorrance Kelly

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This sense of certainty is rare in the contemporary world. Indeed, modern life can seem to be defined by its opposite. An unrelenting flow of choices confronts us at nearly every moment of our lives, and most of us could admit to finding ourselves at least occasionally wavering. Far from being certain and unhesitating, our lives can at the extreme seem shot through with hesitation and indecision, culminating in choices finally made on the basis of nothing at all.

>Molly Jane Quinn, Jenna Talbott

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Modernists are a rare and superior breed of human, indiduaks who understand that high design gives life meaning and that the ordered luxury of minimalism is a salve that heals the weary soul. A modernist is eager to eschew the meretricious accessories that have been deemed indicators of success – enormous televisions, hand-cut crystal champagne flutes, plush carpeting, and comfortable furniture. As a modernist, you are enamored with architectural innovation. You crave a home that is a direct extension of your ego and ethos.

Macklin Fleming

In these limited areas the corporate law firm could still plausibly assert that through specialization and subdivision of labor it could outpace the general practitioner and give the client a superior product at a lower net cost, even while charging premium prices for its services.

The basic cause of legal concentration and centralization is the explosion of knowledge that has occurred in the modern world and the resulting fragmentation of specific skills needed to deal effectively with each segment of that knowledge.

>Ascender

>In Soviet Russia a man worked in a baby carriage factory. When his wife got pregnant he began to sneak parts out to make a carriage at home. Every day for three months he pilfered parts. One Saturday morning his wife heard him screaming in the garage and went out to see what was wrong. He told her, “I have built and rebuilt it five times and always it is a machine gun.”