Category Archives: nature

Eric W. Sanderson

Water demands a place to go. That means making room for streams and wetlands, beaches and salt marshes. It means solving human-caused problems with nature-based solutions. These include removing urban impediments to let streams flow once again, a process known as daylighting; restoring wetlands and planting trees. It also means using the collective power of our community — expressed through tax dollars — to help people move to safer places.

ICHI.PRO

自然の普遍的な法則の1つは、エネルギー消費の最小率の法則です。たとえば、ポイントAから放出される光は、ポイントBに到達するために、無限の数のルートの中で最もエネルギーを必要としないパスを選択します。これは、多くの場合、最速でもあります。
ポイントAとポイントBが空中にある場合、光はABラインに従います。これは、ABラインが、最小限のエネルギー消費で、ライトがポイントBにできるだけ早く到達する方法であるためです。点Aが空中にあり、点Bが水中にある場合、光はある点で屈折してAからBに移動します。これは、光が空中で速く進み、水中で遅くなるためです。そのため、光は可能な限り空中に留まりたいと考えています。
自然のこの最小のエネルギー消費法則は、しばしば物理学で遭遇します。私たちの美的知覚は、自然とその法則に由来します(他にどこにあるのでしょうか?!)。エネルギー消費が最小の法則は、美学にも適用されます。私たちはしばしばシンプルさに美しさを見出します。
文学、絵画、建築、数学では、どこにいても、不必要な混乱は楽しいものではありません。それは私たちを疲れさせるだけです。シンプルさは私たちの感覚にとって「楽しい」呪文であり、より効果的です。

湯川秀樹

たとえばプラトン、アリストテレス、あるいはもっと古くピタゴラスは、そこにあるものそのものに、自然物あるいは自然界のもう少し細かいものでもいいんでありましてとにかく、ものそのもの、あるいは現象というようなもの自身に、何かある完全なもの、単純なもの、美しいものを求めたわけでありまして、しかし近代の科学は、そういうことではなかなか発見できない。そこには非常に多様性がある。しかし、最高度の規則性がそこに表われているかどうかわからない。完全なものとはいえないかも知れない。円いものだけでなしにゆがんだものもある。直線運動だけではなしに曲った運動もあるだろう、楕円運動もあるだろう、もっと複雑な運動もあるだろう。しかし単純な一様性、単純性というものは、ものの間のいろいろな関係、そういうところに法則の単純性がある。あるいはその法則がどういう立場からみても同じ法則である、法則の形が変らぬ、そういうところに科学者の美意識を満足させる対象を見つけ出す、そういう方向へ進んでいったのだ、そういうふうに一口でいうことができると思います。
科学者の美意識(講演要旨)by 湯川秀樹(PDFファイル)

大自然のなかで

山の空気はきれいで
おいしくて
胸いっぱいに吸い込んでみたら
風の音が聞こえてきて
風の音を聞いていたら
鳥の鳴き声が聞こえてきて
上を見上げたら
葉が輝いていて
立ち止まって辺りを見回す
川が目に入る
水の音に惹かれ
水に近づいてみる
山の水はきれいで
冷たくて
おいしくて
水を眺めていたら
小さなことが どうでもよくなって
先に進む気もなくなって
戻ろうかなと思う
空気を吸い込む
川の水で顔を洗う
笑顔になっているのに気付く
いい気持ちだ
陽の高いうちに戻って
寝転ぶ場所を探そう
そして眠る
なにもかも忘れて眠る
きっとなにもかも許される
きっと

 水を大切にする
という
 空気を大切にする
という
 砂を大切にする
という

 水をきれいにする
という
 空気をきれいにする
という でも
 砂をきれいにする
とはいわない

 水が不足する
なんていわない
 空気が不足する
ともいわない でも
 砂が不足する
というのは現実にある

ビルを建てるにも
埋め立てをするにも
砂が要る

世界のあちらこちらが砂漠化し
砂が溢れ出ているけれど
溢れ出た砂は
ビルや埋め立てには使えない

美しい海岸の砂が消え
湖の砂が消え
川の砂が消える

消えた砂は戻らない
ビルに消えた砂も
埋立地に消えた砂も
二度と戻ることはない

八月の熱い砂も 二月の冷たい砂も
戻ってはこない

神のいるところ

放っておくと
草がぼうぼうになる場所で
草を刈り
土をならし
その周りを白い縄で囲ったら
そこだけが神聖に感じられ
神が宿ったと思う

雨が降ると
水を吸い込む

その上に宿った神は
自然の内にいて
心地いい

**

雨が降るたびに
ドロドロになる場所に
水の逃げ道を作り
石を敷きつめ
その上に石を積み上げたら
そこに神が降りてきたように感じ
みんなで神に祈る

雨が降ると
水をはねつける

その上に降りてきた神は
自然の外にいて
気持ちいい

**

長い時を経て
土の上には神社が建ち
石の上には教会が建つ

気が付けば
きまりや形式や権威や嘘が
心の祈りを押しつぶしている

仕方なく神社や教会の外に出て
深く息をする
そして
どこにでもいるという神に
祈る 

雨は季節によって違う
春に降る雨
春から夏にかけて降る雨
夏に降る雨
夏から秋にかけて降る雨
秋に降る雨
秋から冬にかけて降る雨
冬に降る雨
冬から春にかけて降る雨
そんな分け方だけでは
とても形容できない

降ったり止んだりの雨
ずっと降り続く雨
雨粒が大きく強い雨
霧のような細かい雨
しとしとと降る雨
雨脚白く降る雨
弱い雨
柔らかい雨
静かに降る雨
激しい雨
横なぐりの雨
篠で突くような雨
月明かりの中の雨
陽に輝く雨
凍りつくような 冷たい雨
たくさんありすぎて
書ききれない

春雨 紅雨 小糠雨 菜種梅雨 発火雨
梅雨 走り梅雨 暴れ梅雨 送り梅雨 返り梅雨
空梅雨 緑雨 五月雨 麦雨 卯の花腐し
白雨 洗車雨 酒涙雨 夕立 神立
秋雨 冷雨 白驟雨 秋黴雨 霧雨
時雨 朝時雨 北時雨 横時雨 村時雨
月時雨 冬時雨 片時雨 氷雨 凍雨
飛雨 小雨 涙雨 天気雨 微雨
鬼雨 驟雨 俄雨 通り雨 村雨
宿雨 陰雨 地雨 霖雨 私雨
翠雨 甘雨 慈雨 喜雨 黒雨
細雨 糠雨 涙雨 豪雨 集中豪雨
雷雨 暴風雨 篠突く雨 繁吹き雨 暮雨
遣らずの雨 日照り雨 巌雨 そぼ降る雨
雨に名前を付けても
すべてを表すことはできない

今日の雨は
暑くも寒くもないなかで
強くもなく弱くもなく
雨粒が大きいわけでも小さいわけでもない
特徴のない普通の雨だけれど
そんな雨も君のうえに降れば
きらきらと輝く
いいことが ありますように

エントロピー

思い出を溜めこむ
記憶 写真 書類 領収書 手紙 そしてゴミ

未来を溜めこむ
希望 トイレットペーパー 歯磨きチューブ 水 そして夢

過去が短い若者が
過去を溜めこみ

未来の短い老人が
未来を溜めこむ

遺伝子組み換え作物

遺伝子組み換えと関係のないものだけを
食べていたいと思っても
なかなか そうはいかない
輸入されたトウモロコシのほとんどは
遺伝子組み換え作物といわれ
そのほとんどが
牛や豚や鶏などの飼料に使われ
私たちはその肉を食べる

遺伝子組み換えのトウモロコシは
コーンフレークになり
私たちの口に入る
コーン油になり
ハンバーガー フライドチキン
ドーナツ ピザ 餃子 と
次々と口に入る

コーンスターチになり
食べもののなかに入り
飲みもののなかに入り
化粧品のなかに入り
医薬品のなかに入りして
私たちのからだのなかに入る

遺伝子組み換え作物のない暮らしなど
誰にもできはしない
オーガニック食品の信奉者たちが
遺伝子組み換え作物に No を突き付けても
それは ヒポクリットでしかない

出来上がったシステムは
あまりにも複雑で
なにが良くてなにが悪いのか
誰にも判断できない

低い木の枝

花瓶のなかに生けられているのは
高い木の枝ではない
下草でもない
低い木の枝

森のなかで
隙間を埋めるためにあるような
低い木が
花瓶のなかで何かを主張する

小枝や葉がそぎ取られ
長い一本の枝と
先のほうに残った2枚の葉
そして2個の黒い実

森のなかでは
目に留まることのないものが
部屋のなかで
見るものを くぎ付けにする

社会のなかで
平凡と思われている人のひとりひとりに
喜びや悲しみがあることを思い出させるような
花瓶のなかの低い木の枝

枝と葉と実を見ているのか
考えているだけなのか
なにかの思いにとらわれて
人がひとり 動けずにいる

荘厳

科学技術の進歩のおかげで
私たちの活動範囲は大きく拡がった
遠いところで教育を受けたり働いたり
食べたり飲んだり遊んだりする

科学技術の進歩のおかげで
私たちの情報は大きく交錯するようになった
知りたい情報を正しいと信じ
知りたくない情報を間違っていると決めつける

科学技術の進歩のおかげで
多くの病気が治るようになった
私たちの寿命は大きく伸びて
死ぬ年を超えても生きている

科学技術の進歩のおかげで
世界中の人たちが食べられるようになった
自然のものばかりでなく養殖ものを食べ
農業産品ばかりでなく工業製品を食べる

科学技術の進歩のおかげで
生態系は破壊された
動植物が死に絶えるなか
人だけが生きようとしている

人ひとりが死ぬ前には
あらゆるものが荘厳される
人類が死に絶えるときにも
あらゆるものが荘厳されなければならない

その時 私たちは 皆 自然の一部だと感じる
そう
私たちは特別ではないと感じる
自然の一部だと感じる

エントロピー

エントロピーは秩序の度合い
無秩序な状態ほどエントロピーが高く
秩序ある状態ほどエントロピーは低い

放っておけばエントロピーは高くなる
氷は水になって 部屋は散らかってゆく
そして その分 ポテンシャルは下がる

無の端にある美しさは 可能性から生まれる
かすかで 繊細なものは 執着したりしない
それでいて 不確実性と不便とを優雅に受け入れる

自然のなかのエントロピーは混沌としていて
多様で不完全で不規則だから
予測するのは困難だ

人と人との関係も同じ
知っている人とのエントロピーは低く
知らない人とのエントロピーは高い

世界の人口は80億人 異性は40億人
思い合うことの確率は40億分の一だから
エントロピーはとてつもなく低い

感情は低いエントロピーを求めるけれど
エントロピー増大則から逃れることはできない
思い合う感情は 壊れるのが運命だ

でも僕は運命に抗う
エントロピーが低ければ
その分ポテンシャルは高い

放っておけば高くなるという
エントロピーに逆らって
行けるところまで行こう

君とこのままずっと
エントロピーの低いままでいて
エントロピー増大則に抗い続ける

そのために君を想う
君を思い続ける
エントロピーが高くならないように

直線

家具を製造する会社が 自然界にも人体にも直線はない と言い
建築家が 自然界には直線は存在しない 直線は人間に属する と言い
物理学者が 自然は曲線を創り 人間は直線を創る と言う
僕が見ている直線は幻想なのだろうか
 
自然界では角や直線は消えてなくなる運命にある
角は次第に削れて丸くなり 直線は揺らぎ曲線になる
上流では角ばっていた石が 下流では丸くなる
ということは 直線があったということではないか

整った形をして安定していたものが
支える力を失って壊れ 崩れる
崖が崩れ 積み荷が崩れる
ものが乱れ ばらばらになる

壊れるのが運命ならば 受け入れる
運命と思わなければ 受け入れない
運命に逆らうのも 運命のうちだ
君も 運命のうちだ

見える

霧で遠くが見えない
池があるはずなのに見えない
山も見えない

赤と橙色と黄色と緑と深緑が
ぼんやりとしたなかで混じり合い
風に揺れる

白樺の木が重なって見える
水滴をまとった草のあいだから
水の音が聞こえてくる

ここにいること
生きていること
いること

君がすぐそこにいる
動いている
見える

川に沿って歩いていたら
突然雨が降り出してきて
さっきまで見えていた山が見えなくなり
川の両脇の街も灰色に霞んでしまった

足元にはあっという間に水溜りができて
ここは水が流れるはずの河原なのかな とか
ここは堤防の内側だから河川敷かな とか
人が決めた どうでもいい定義 を思い出そうとする

目の前の大きな橋を渡れば駅に出るのだと
てのひらのなかの画面が教えてくれるけど
橋に上がれる道がなかなか見つからないので
仕方なく橋の下で雨宿りをする

生い茂る雑草のなか
小さな花が咲いている
大雨が降れば川になってしまうのだろうに
どうしてここで咲いているのか

ふと見回すと
花の周りは灰色の塊ばかり
鉄にアスファルトにコンクリート

あの鉄の橋を取っ払って
アスファルトの道路を取っ払って
コンクリートを取っ払ってあげたい

堤防の外の住宅もぜんぶどけて
川を自由にしてあげたい

思うように流れを変えて
好きなように流れたらいい

小さな流れもたくさん作って
たくさんの生き物に水を与えたらいい

川を川に戻してあげたい

川は何も言わず
戻ることなく
流れて行く

考えないということ

ソ連が崩壊した時にロシア人の同僚は
壁に飾ってあったレーニンの像を外し
代わりにイエスキリストの像を飾った

フランス革命の時に人々は王政を倒し
カトリック教会の権威を否定したけれど
作り出したのはなんと理性の祭壇だった

自由が責任と組み合わされて規範になった後に
じゃあ自由は人間の譲れない原則かと聞いても
まともに答えられる人はどこにもいない

人権が普遍的だって言っていた人たちは
その根拠を問われると答えに窮して
自然権などといってごまかそうとした

真理として機能している自由や人権が
真理かどうか問われることはなく
自明の理としてみんなが受け入れる

民主主義とか人道主義と言ってみても
受け入れる人がひとりもいなければ
ただの理想論でしかなくなってしまう

AIの限界を知る人がいなかったことで
論理のすべてが失われることになり
多くの生物の命が救われることになった

AIが神に取って代わろうとする時に
人間が作り上げたシステムは緑に覆われ
高層ビルや鉄道網は砂のなかに埋まる

鳥は飛び 魚は泳ぎ 獣は走る
ウイルスや細菌やカビが悪者でなくなり
空も海も陸もそして君も 明るく輝いている

誰も余計なことを考えなくなったら
地球の寿命は少しだけ延びた
そんなまぼろしがぼんやり見える

流れる水の音

私たちは 水がなければ生きてはいけない
水は 私たちの暮しに欠かせない
でも 目に見える水だけが水ではない
雲になって空に浮かび
雪になって山を白く飾り
木に覆われた山の地下深くを流れ
崖の下から湧き出てくる水

その水が ここを流れていたはずなのに
水の流れは どこに行ったのか
水の音は まるで人の声のように
耳元で私に 待てと囁きかけた
何を 私は待てばいいのか
水の流れが戻るのを 待てばいいのか
流れは戻ってくるのか

アスファルトの下に
流れていた水が戻ろうとしている
音が聞こえる
戻ろうとしている水の音が

コンクリートをすり抜けて
消えていた水が帰ってこようとしている
音が聞こえる
帰ろうとしている水の音が

人が作った川

遠い昔にひとりの男が大きな荷物を担いでやってきて
崖線の下の水が湧き出ているところをねぐらにした
ねぐらからそう遠くないところには川が流れていて
川を泳ぐ魚や川辺の草むらにいる動物を獲ったり
木の実や草を採っての暮らしは
快適なものだった
洪水があるたびに川は流れを変え
男も度々ねぐらを変えた
しばらくするとねぐらは増えて
ある者は畑を作り ある者は田んぼを作り
道具を作るものや 物売りまでもが住み着いた
神社ができ 役所ができ 集会所ができ
川に沿って花の咲く木を植えるものまであらわれた
水は大切にされていて
川はみんなのものだった

不思議な時代がやってきて
水道が完備し 電線が張り巡らされ
水は蛇口から流れ あかりが家々に灯された
川は変わらず流れていたが 人との距離は遠くなり
水は有難いものから管理するものへと変わった
とはいっても利益を得るために管理したのではなく
人に害を及ぼさないように管理したのだ
岸はコンクリートで固められ
時に川は地下に埋められた
川は汚染し臭うようになり
誰も川に近づかなくなった

公害をなくそうと立ち上がった人たちがいて
自然を取り戻すのだと頑張って
コンクリートの岸は岩のような見かけになり
自然の川よりずっと川らしく見えるようになった
自然のように見えても自然ではなく
川のように見えても川でない
洪水はこないし 川は流れを変えない
崖線の斜面だけに木々の緑が残り
崖線の上も下も住宅で埋まる
男のねぐらはもうどこにもない

湧水が作られ 水の流れが作られ
鯉が放たれ 遊歩道が作られ
階段を降りれば水に近づけ
木は伐られ 若い木が植えられた
計画通りに作られた水の流れは
自然の川と呼ばれ
運ばれてきた花が咲き
写真を撮りに人が来る

人は人らしく川に関わればいいものを
川を管理しようなんて大それたことを考えて
川を自然に戻すと言いながら 自然から遠ざけ
川を人に近づけると言いながら 人から遠ざけた
洪水の起きない川は 流れを変えることがなく
100年経っても流れを変えない川は もう川とは呼べない
人が作った川は 人が作った四季を纏い
安全なだけの つまらない場所になる
それはまるで水道水の流れる川で
濁ることも汚れることもない

川が昔のようになることは
もうない

いつもここにいる

東京には崖線という
川や海の浸食でできた
崖の連なりが
あちらこちらにある

崖線は木の緑で覆われ
崖線の下には湧水が湧いていて
崖線のうちのいくつかは
はけとかままとか呼ばれる

崖線の上の屋敷からは
富士山や多摩川が美しく
崖線の下の田んぼには
動物たちが顔を出す

崖線は子どもには厄介で
自転車をこいでは登れない
一昔前の大人たちは
水を担いで途中でへばっていた

崖線に聳える欅や樫が
見て来たものは多い
でも湧水の下の茶色い岩が
見てきたものとは比べようがない

私たちの見ていることなんて
ほんの一瞬
瞬きほどのこと
きっと とるにたらないことばかりなのだろう

人は人殺し

戦争を仕掛け土地を奪い住民を殺す、知識人たちを抹殺する、相手を降伏させ全員を殺す、他民族を虐殺する、宗教の違うものを殺す、気に入らない人たちを殺す、抵抗しないものたちを意味なく殺す。古来、人は、人種・民族・国家・宗教などをターゲットにして大量虐殺を繰り返してきた。
中国だけでもすさまじい数の人々が殺されてきた。8世紀の唐の安禄山の乱では3600万人が犠牲になり、13世紀のモンゴル帝国の様々な地域での戦闘による死者の数は4000万人だったという。17世紀に明朝が滅びた時にも2500万人が死に、19世紀の太平天国の乱では2000万人が死んだ。20世紀の大飢饉などでの死はまだまだタブーだけれど、4500万人という犠牲者の数が出てきている。
中国以外でも状況は同じ。大量虐殺は地球上のあらゆるところで繰り返されてきた。それが私たちだと言ってしまえばそれまでだけれど、私たちのなかには人殺しがいけないというDNAも間違いなくあるように思える。愛する人たちを守るために、家族や仲間を守るために、人は人殺しをするものなのだろうか。

普通の景色

土がもっと近かったころは
土は汚いものではなかったから
泥んこになって働いたり遊んだり
服や靴には土色が混じっていた

水がもっと身近だったころは
潮のかおりに包まれてみたり
水には音も光も匂いもあって
流れる水をいつまでも見ていた

雨が降ったら濡れて歩いて
雨脚が強くなったら雨宿りした
野菜には土が付いたままだったし
野菜のかたちは楽しかった

いつのまにか景色は無機質になり
地面は硬い灰色で覆われて
都会の空に建てられたビルは
まるで墓場の卒塔婆のようだ

空気のなかに聞こえていた歌は
騒音にかき消され聞こえてこない
昼間でも消えることのない街の灯りは
空の色まで変えてしまう

虹のかかった雨上がりの空とか
花でいっぱいになった草原とか
見たい景色はあるのだけれど
もっと見たい普通の景色は
いったいどこに行ってしまったのだろう

Francis Galton

What nature does blindly, slowly and ruthlessly, man may do providently, quickly, and kindly. As it lies within his power, so it becomes his duty to work in that direction.

Adolf Hitler

Nature herself in times of great poverty or bad climatic conditions, as well as poor harvest, intervenes to restrict the increase of population of certain countries or races; this, to be sure, by a method as wise as it is ruthless. She diminishes, not the power of procreation as such, but the conservation of the procreated, by exposing them to hard trials and deprivations with the result that all those who are less strong and less healthy are forced back into the womb of the eternak ubknown, Those whom she permits to survive the inclemency of existence are a thousandfold tested, hardened, and well adapted to procreate in turn, in order that the process of thoroughgoing selection may begin again from the beginning. By thus brutally proceeding against the individual and immediately calling him back to herself as soon as he shows himself unequal to the storm of life, she keeps the race and species strong, in fact, raises them to the highest accomplishments. At the same time the diminution of number strengthens the individual and thus in the last analysis fortifies the species.

One Aboriginal man

By Dreaming we mean the belief that long ago these creatures started human society, they made all natural things and put them in a special place.
These Dreaming creatures were connected to special places and special roads or tracks or paths. In many places the great creatures changed themselves into sites where their spirits stayed.
Aboriginals have a special connection with everything that is natural. Aboriginals see themselves as part of nature … All things on earth we see as part human. It is true that people who belong to a particular area are really part of that area and if that area is destroyed they are also destroyed.

AuthorBill Gabbert

Within five or six years, ‘a burned forest will be looking pretty good’, Kirkpatrick says. ‘And a large proportion of Tasmania’s flora fits into this fire ecology. Pea plants, wattles — their germination is stimulated by heat and smoke. Fire is really, really important in Tasmania.’
At the centre of it all, though, is the eucalypt. Because these trees do not just resist fire, they actively encourage it. ‘They withstand fire, they need fire; to some extent, they create fire,’ Bowman says. ‘The leaves, the bark, don’t decompose. They’re highly, highly flammable. And on a hot day, you can smell their oils.’
The bark and leaves of eucalypts seem almost made to promote fire. Some are known as stringyor candle-barks: long, easily lit strips hang loosely off their trunks and, once alight, whirl blazing up into the flammable canopy above, or are carried by the wind many kilometres ahead of a fire to speed its advance.

ウィキペディア

オーストラリアでは自然発火による山火事が多いが、ユーカリがその一因である。ユーカリの葉はテルペンを放出するが、気温が高いとその量が多くなるので、夏期にはユーカリ林のテルペン濃度はかなり上昇する。テルペンは引火性であるため、何かの原因で発火した場合、燃え広がり山火事になるのである。樹皮が非常に燃えやすく、火がつくと幹から剥がれ落ちるので、幹の内側は燃えずに守られる。根に栄養をたくわえており、火事の後も成長し続けることができ、新しい芽をつけることもできる。

A. M. Fairbairn

Nature exists for man, not man for Nature ; but if she exists for him, it is to teach him to transcend her, to make him ever more of a man, raising each generation above its predecessor. To do this she must awaken the energy and forethought that are in him, compel him to study that he may know, to imitate that he may prevail. And for this reason Nature, in order that she may be beneficent, must be inexorable in her laws.

野口晴哉

万病の因と言われ、また一方で「たかが・・・」と軽く見過されている風邪。風邪に対する一般通念からすれば、本書の表題は極めて奇異なものとして映るかも しれない。しかし著者は、独自の観点から風邪は治すべきものではない、経過すべきものであると主張する。人間は心身の偏り疲労が限界に達したとき、それを 調整すべく、自律作用として風邪をひくと言うのである。
著者は、風邪を病理的に捉えるのではなく、謂わば健康の自然法として捉えている。自然な経過を乱しさえしなければ、風邪をひいたあとは、あたかも蛇が脱皮するように、新鮮な体になるとする主張は、極めて説得力に富んでいる。
著者独特の自然観から編みだされた「経過する」というユニークな概念は、「闘病」という言葉に象徴される現代の病気に対する考え方を一変させる可能性をもっている。

Rachel Krantz

What a privilege it is, to be able to try to reduce harm towards animals and the planet.

I was having this thought just today when a bird shat on my head through the mosquito netting. I didn’t take it as a sign, or at least not a negative one. I just laughed and immediately washed my hair, watching the rainstorm that night clean the hammock for me. The symbolism I assign to events, I keep learning, is my choice.
Each time I sit down to eat, I try to remember that, too. What a privilege it is, to be able to try to reduce harm towards animals and the planet. How impossible it seems, as one of the big ones, not to hurt in ways big and small every day. What a beautiful dance, deciding to try anyway, imperfectly but with intention.

Erika Engelhaupt

The scientists looked for evidence of this ghastly activity among four million recorded deaths in more than a thousand different mammals, from shrews to primates. On top of that, they compiled a history of human slayings.
One pattern stood out pretty clearly: Lethal violence increased over the course of mammal evolution. While only about 0.3 percent of all mammals die in conflict with members of their own species, that rate is sixfold higher, or about 2 percent, for primates. Early humans likewise should have about a 2 percent rate—and that lines up with evidence of violence in Paleolithic human remains.
The medieval period was a particular killer, with human-on-human violence responsible for 12 percent of recorded deaths. But for the last century, we’ve been relatively peaceable, killing one another off at a rate of just 1.33 percent worldwide. And in the least violent parts of the world today, we enjoy homicide rates as low as 0.01 percent.

Leonard Koren

静かな喜びというようなものでしょうか。年をとり、いままで重要だったものに意味がなくなると、自分の心を真にときめかせてくれるものは、それほどないことに気がつきました。規模の大きなイベントは人の心を動かすと思われていますが、静かな喜びを味わうことが幸せであり、私はそのことを噛みしめています。

唐木順三

私がいちばん書きたいと思い、また力をいれ、苦労したのは、道元を扱った「無常の形而上学」である。無常を観じ思って、道心を発し菩提を求めるという、普通のところから出発した道元が、ついに無常そのものを究め尽し、「無常仏性」にまで至ったそのことを私は書き尽くしたかった。無常を、ありきたりの無常感や無常観から解き放して、即ち心理や情緒や詠嘆から解き放して、まさに無常そのもの、もののリアリティにいたりつくした「無常の形而上学」を書きたかった。

Peter Wohlleben

Sprache ist laut Duden die Fähigkeit des Menschen, sich auszudrücken. So gesehen können nur wir sprechen, weil der Begriff auf unsere Spezies beschränkt ist. Doch wäre es nicht interessant zu wissen, ob auch Bäume sich ausdrücken können? Aber wie? Zu hören ist jedenfalls nichts, denn sie sind definitiv leise. Das Knarren von scheuernden Ästen im Wind, das Rascheln des Laubs geschehen ja passiv und werden von den Bäumen nicht beeinflusst. Sie machen sich jedoch anders bemerkbar: durch Duftstoffe. Duftstoffe als Ausdrucksmittel? Auch uns Menschen ist das nicht unbekannt: Wozu sonst werden Deos und Parfüms benutzt? Und selbst ohne deren Verwendung spricht unser eigener Geruch gleichermaßen das Bewusstsein und Unterbewusstsein anderer Menschen an. Einige Personen kann man einfach nicht riechen, andere hingegen ziehen einen durch ihren Duft stark an. Nach Ansicht der Wissenschaft sind die im Schweiß enthaltenen Pheromone sogar ausschlaggebend dafür, welchen Partner wir auswählen, mit wem wir also Nachkommen zeugen wollen. Wir besitzen demnach eine geheime Duftsprache, und zumindest das können Bäume auch vorweisen.

Das geheime Leben der Bäume (PDF file)

麦わらドングリ

協生農法では雑草や虫や鳥は畑を作ってくれるスタッフという「仲間」の意識を持っているため、絶対に除去をすることはありません。むしろ彼らがいなければこの農法は成り立ちません。
なんと、一反の農地に250種以上の有用植物を育てているんです。あえて様々な植物を混生させることで畑の中に多様な環境を作り出すことで単一栽培に起こりがちな害虫被害や連作障害を防ぐという効果もあります。
協生農法にとって雑草は野菜と同じくらいとても大切な存在です。それは土を耕してもらうことや土壌の保水力を高めてもらうこと、さらに土を作る微生物を育むなど非常に重要な役割を担ってくれるからです。
自然界では、肥料を渡す役割は虫や鳥が担っています。しかし従来の農法では農薬で虫を嫌い、鳥避けで追い払うため、肥料が畑に入らず仕方なく肥料を入れなければいけなくなっていると言えます。協生農法では逆に鳥や虫を集めるため畑の至る所に果樹を植えています。
人間の役割は畑に生物多様性を作り出すことと、野菜の種を蒔き、苗を植え、収穫することです。協生農法は混生栽培が基本なので何十種類という様々な種を混ぜ合わせて畑にまいていきます。その中で、密生しすぎた部分を間引きながら収穫するのが仕事。収穫する代わりに次の種をまいていけば365日、毎日収穫が可能という理想的な畑が出来上がります。

西成活裕

私が最もすごいと思う研究者は、自然の声を聴いている人です。自分のフィルターを通して環境を見るのではなく、フィルターを外して声を聴いて理論をつくる。それが一番自然で、そうでない理論をむりやり立てたとしても違和感があるのです。むりやりの理論はすぐに駆逐されてしまう。地味であっても自然にできた理論のほうが長続きします。
「けもの道」ってありますよね。ここにも人が踏み固めてできたけもの道らしきものがたくさんあるのですが、それらは人が自然にここに道があったらいいと思ってつくっている。私はそれこそが道路ではないかと思うのです。芝生に入れないように、それを迂回する舗装道路をつくったとしても、見ていれば人は芝生の上を歩いてけもの道をつくっている。
皆それがよいと思ったら、その部分は計画から隔離して考えるべきだと思います。ある程度、計画による統治された美しさも認めますが、そうではない、じわじわと生成してできた凄さが好きです。自然林と人工林の違いもそうですよね。人工林は手をかけないとすぐに枯れてしまうけれど、自然の森は手をかけなくてもすべてが絶妙なバランスでできあがっています。メインテナンスフリーで、それこそが自然の姿だと思います。

National Academy of Sciences (NAS)

As evidenced in both ancient legend and the historical record, human activities, institutions, and technologies have always been prey to the extremes of weather—to droughts and floods, ice storms and blizzards, hurricanes and tornados. Around the middle of the 19th century, however, society in the developed parts of the world became vulnerable to a different kind of extreme weather as well—to severe disturbances of the upper atmosphere and the near-Earth space environment driven by the magnetic activity of the Sun. Although the nature of the solarterrestrial connection was not understood at the time, such disturbances were quickly recognized as the culprit behind the widespread disruptions that periodically plagued the newly established and rapidly expanding telegraph networks. During the following century and a half, with the growth of the electric power industry, the development of telephone and radio communications, and a growing dependence on space-based communications and navigation systems, the vulnerability of modern society and its technological infrastructure to “space weather” has increased dramatically.
The adverse effects of extreme space weather on modern technology—power grid outages, high-frequency communication blackouts, interference with Global Positioning System (GPS) navigation signals, spacecraft anomalies—are well known and well documented. The physical processes underlying space weather are also generally well understood, although our ability to forecast extreme events remains in its infancy. Less well documented and understood, however, are the potential economic and societal impacts of the disruption of critical technological systems by severe space weather.

American Museum of Natural History, Louis Harris and Associates, Inc.

  • Seven out of ten biologists believe that we are in the midst of a mass extinction of living things, and that this dramatic loss of species poses a major threat to human existence in the next century.
  • In strong contrast to the fears expressed by scientists, the general public is relatively unaware of the loss of species and the threats that it poses.
  • This mass extinction is the fastest in Earth’s 4.5-billion-year history and, unlike prior extinctions, is mainly the result of human activity and not of natural phenomena.

Jeremy Butman

When we talk about sustainability, then, what is it that we hope to sustain? We certainly do not sustain nature “in itself.” Rather, we sustain nature as we humans prefer it.

Nācaretes Ģimeņu Kustības

Nature
Одним из даров Святого Духа является дар знания. Дар знания – это способность человека всё лучше познавать окружающую его действительность и открывать законы, управляющие природой и вселенной.

Rainer Maria Rilke

Nevertheless, I do believe you need not be left without answers, if you will cling to things resembling those that are now rejuvenating me. If you will stay close to nature, to its simplicity, to the small things hardly noticeable, those things can unexpectedly become great and immeasurable. If you will love what seems to be insignificant, and will in an unassuming manner, as a servant, seek to win the confidence of what seems poor, then everything will become easier, more harmonious, and somehow more conciliatory, not for your intellect — that will most likely remain behind, astonished — but for your innermost consciousness, your awakeness, and your inner knowing.

姜信子

水音に導かれ、あれもこれも、あまりに当たり前のことばかりを想いだすのである。たとえば、ほら、人は水がなければ生きてはいけないということ。水は水辺だけにあるのではなく、緑豊かな山があってこそ、山の奥の幻の湖があってこそ、澄んだ清水も湧き出づるのだということ。地の底にも川は流れているのだということ。地の底の川は青いのだろうか? そんなことを一生懸命に語り合うような心持ちがあらばこその、地の底の川なのだということ。地上の川にかけられた石橋の、石のぬくもりを感じる力があってこそ、川も山も守られるのだということ。

木村宣彰

今日、私たちが「自然」と言う場合、山川草木や雨や風など、人間を取り巻く外的な環境のことを指す。そのような自然環境は人間に対立するものであり、自分たちに都合のよいように改造できるものと考えてきた。その結果、地球の温暖化や砂漠化、水や大気の汚染などの様々な問題を惹起した。どれもこれも人間の我が儘が原因である。人間は自然を支配しようとするが、自然は人間の支配の対象ではない。
仏教では、自然を〈じねん〉と訓じて「自ら然る」という意味に解する。人間の作為のない「そのまま」の在り方が自然である。
明治以降、西洋語のネイチャー(nature)の翻訳語として「自然」が用いられる。この自然は人間と対置するものとされる。しかし仏教が説いているように、人間は自然を超えた存在ではなく自然の一部である。その人間が思い上がって科学技術を駆使して自然を破壊する。一方で、意匠を凝らした盆栽や日本庭園に人工の自然を見いだそうとしているのは、何と考えたらよいのだろうか。

町の工務店ネット

二十四節気 七十二候
立春 東風解凍、黄鶯睍睆、魚上氷 2/4ごろ~2/18ごろ
雨水 土脉潤起、霞始靆、草木萠動 2/19ごろ~3/5ごろ
啓蟄 蟄虫啓戸、桃始笑、菜虫化蝶 3/6ごろ~3/20ごろ
春分 雀始巣、桜始開、雷乃発声 3/21ごろ~4/4ごろ
清明 玄鳥至、鴻雁北、虹始見 4/5ごろ~4/19ごろ
穀雨 葭始生、霜止出苗、牡丹華 4/20ごろ~5/5ごろ
立夏 蛙始鳴、蚯蚓出、竹笋生 5/6ごろ~5/20ごろ
小満 蚕起食桑、紅花栄、麦秋至 5/21ごろ~6/5ごろ
芒種 螳螂生、腐草為蛍、梅子黄 6/6ごろ~6/21ごろ
夏至 乃東枯、菖蒲華、半夏生 6/22ごろ~7/6ごろ
小暑 温風至、蓮始開、鷹乃学習 7/7ごろ~7/22ごろ
大暑 桐始結花、土潤溽暑、大雨時行 7/23ごろ~8/7ごろ
立秋 涼風至寒蝉鳴蒙霧升降 8/8ごろ~8/22ごろ
処暑 綿柎開、天地始粛、禾乃登 8/23ごろ~9/7ごろ
白露 草露白、鶺鴒鳴、玄鳥去 9/8ごろ~9/22ごろ
秋分 雷乃収声、蟄虫坏戸、水始涸 9/23ごろ~10/7ごろ
寒露 鴻雁来、菊花開、蟋蟀在戸 10/8ごろ~10/23ごろ
霜降 霜始降、霎時施、楓蔦黄 10/24ごろ~11/7ごろ
立冬 山茶始開、地始凍、金盞香 11/8ごろ~11/22ごろ
小雪 虹蔵不見、朔風払葉、橘始黄 11/23ごろ~12/6ごろ
大雪 閉塞成冬、熊蟄穴、鱖魚群 12/7ごろ~12/21ごろ
冬至 乃東生、麋角解、雪下出麦 12/22ごろ~1/5ごろ
小寒 芹乃栄、水泉動、雉始雊 1/6ごろ~1/19ごろ
大寒 款冬華、水沢腹堅、鶏始乳 1/20ごろ~2/3ごろ

Roger Caillois

Just as men have always sought after precious stones, so they have always prized curious ones, those that catch the attention through some anomaly of form, some suggestive oddity of color or pattern. This fascination almost always derives from a surprising resemblance that is at once improbable and natural. Stones possess a kind of gravitas, something ultimate and unchanging, something that will never perish or else has already done so. They attract through intrinsic, infallible, immediate beauty, answerable or no one, necessarily perfect yet excluding the idea of perfection in order to exclude approximation, error, and excess. This spontaneous beauty thus precedes and goes beyond the actual notion of beauty, of which it is at once the promise and the foundation.

森林総合研究所多摩森林科学園

sakura桜を栽培し、観賞する文化は京都で生まれたと考えられ、京都御所や寺社などには、関東ではあまり見られない桜が植栽されています。多摩森林科学園サクラ保存林では、京都の桜守・収集家の佐野藤右衛門や京都府立植物園などが収集を行った桜が植栽されています。
多摩森林科学園では、サクラ保存林に植栽されているさまざまなサクラの中から、毎年一つのテーマを決めて紹介してきました。2015年は、「みやこの桜を愉しみましょう」と題し、京都ゆかりの桜に焦点をあててご紹介します。京都の桜の由来や歴史を解説パネルで紹介するとともに、園内の京都ゆかりの桜を散策できるよう「桜めぐりマップ」を配布します。

Rachel Carson

We still talk in terms of conquest. We still haven’t become mature enough to think of ourselves as only a tiny part of a vast and incredible universe. Man’s attitude toward nature is today critically important simply because we have now acquired a fateful power to alter and destroy nature.
But man is a part of nature, and his war against nature is inevitably a war against himself. The rains have become an instrument to bring down from the atmosphere the deadly products of atomic explosions. Water, which is probably our most important natural resource, is now used and re-used with incredible recklessness.

Johann Wolfgang von Goethe

Ohne meine Bemühungen in den Naturwissenschaften hätte ich jedoch die Menschen nie kennen gelernt, wie sie sind. In allen anderen Dingen kann man dem reinen Anschauen und Denken, den Irrtümern der Sinne wie des Verstandes, den Charakterschwächen und -Stärken nicht so nachkommen; es ist alles mehr oder weniger biegsam und schwankend, und läßt alles mehr oder weniger mit sich handeln; aber die Natur versteht gar keinen Spaß, sie ist immer wahr, immer ernst, immer strenge; sie hat immer recht, und die Fehler und Irrtümer sind immer des Menschen. Den Unzulänglichen verschmäht sie, und nur dem Zulänglichen, Wahren und Reinen ergibt sie sich und offenbart ihm ihre Geheimnisse.

Julie Fast

a6233ee40a95140f3fbb3611e63c01b93a1a9305The Appalachian trail became my therapist. As a way to recover from a friend’s suicide, I set out on the trail that extends more than 2,000 miles from Georgia to Maine. I needed time to follow my thoughts to completion and find peace in nature. What I found instead was a motley crew of diverse people who entertained, challenged, and accepted me with no questions asked, merely because I was walking in the same direction.

蜂屋邦夫

「無為自然」は、人間にとって「どう生きるべきか」の指標となるものです。「自然」は「自ずから然り」、他からの影響を一切受けることなく、大昔からそれ自体がそのようであるさまを意味しています。「無為」はというと「なんら作為をしないこと」という意味になります。つまり「無為自然」は「なんら作為をせず、あるがままの状態」をいいます。
『老子』の第三十七章に、「無為而無不為」とあります。 「作為的なことはなにもしていないのに、すべてを為している」とは、どういう状態か。天地を例にして考えてみると、天や地は意思をもたないから常に「無為」の状態といえますが、無為でありながらも、その働きは常にこの世界全体に行きわたっています。季節はめぐり、太陽は大地を照らし、雲は雨を降らし、大地の上では植物や虫や動物がそれらの恩恵を受けて育っていく。つまり「なにかをしようとわざわざ考えずとも、天地はすべてのことを為している」ということになるわけです。
そう考えていくと、「無為」とは、意図や意思、主観をすべて捨て去って、天地自然の働きに身を任せて生きているありようを意味しているといえます。『老子』はこの「無為自然」を理想のあり方としました。

渡辺正雄

日本では「自然である」ということはよいことで、「自然」という言葉は、なにか理想的な状態、ないしは望ましい状態を示すものとして用いられることが多いですね。「自然体」とか、「自然に生きる」というのは、どちらかといえばプラスの価値を持っています。一方、西洋ではどちらかというとマイナスのイメージ、「陶冶(cultivate)されていない」とか、「洗練されてない」という含みを持っています。
日本における自然の肯定的なイメージの問題は、自然と人工の区別の曖昧さとも関わっていると思います。長いこと自然の中に浸っているという状態で過ごしてきた日本人には、未だに自然と人工のはっきりした区別が欠けていて、両者の境界線も曖昧です。日本の庭とか箱庭は、自然を再現しているから自然だと思っている。それらを人工的なものとはあまり感じないわけです。
こういう人工と自然の区別の曖昧さから、次のような言葉が平気で使われるようになります。例えば「自然食品」。農薬や添加物などをあまり用いないものを「自然食品」と呼んでいるわけですが、食品というのはもともと人工物であって、英語ではそう言いません。それから、ラジオの道路交通情報などで「自然の渋滞」というのがありますね。道路を造ること、自動車を造ること、それらを走らせること、これらはすべて人工であるにもかかわらず、事故でない渋滞は「自然の渋滞」と呼ぶのです。さんざん人工を加えた公園でありながら、草木が植えてあったり、池や川があったりすると、「自然公園」と呼ばれたりします。そして丁寧にもそこに建物を建てて、「自然観察センター」と呼んだりするわけです。

寺田寅彦

単調で荒涼な砂漠の国には一神教が生まれると言った人があった。日本のような多彩にして変幻きわまりなき自然をもつ国で八百万の神々が生まれ崇拝され続けて来たのは当然のことであろう。山も川も木も一つ一つが神であり人でもあるのである。それをあがめそれに従うことによってのみ生活生命が保証されるからである。また一方地形の影響で住民の定住性土着性が決定された結果は至るところの集落に鎮守の社を建てさせた。これも日本の特色である。
仏教が遠い土地から移植されてそれが土着し発育し持続したのはやはりその教義の含有するいろいろの因子が日本の風土に適応したためでなければなるまい。思うに仏教の根底にある無常観が日本人のおのずからな自然観と相調和するところのあるのもその一つの因子ではないかと思うのである。鴨長明の方丈記を引用するまでもなく地震や風水の災禍の頻繁でしかも全く予測し難い国土に住むものにとっては天然の無常は遠い遠い祖先からの遺伝的記憶となって五臓六腑にしみ渡っているからである。

Tamu

人間が自然の一部だとすると、核戦争で放射能だらけになり荒廃してしまった地球も、その時代が作り上げた自然だということになる。自然保護運動などにより甦らせた自然もまた、自然のひとつにすぎない。
**
じつは私はずっと、自然環境保護などの運動には直接関与したくないと思ってきた。自然保護のため人的に関与するということは、自然を破壊することと同義語だと思ってきたからだ。
**
人間と自然とが対立するものだとしたら、自然を守るためには人間は全く自然に関与してはいけない。一方、人間が自然の一部だとしたら、核戦争によって変わり果ててしまった世界も立派な自然だということになる。
**
人間の手と足が大量に加わって、植生などがメチャクチャになってしまった自然も、それはそれで立派な自然で、けっこう美しかったりする。私はそれで良いと思っている。

Eleanora Duse

If the sight of the blue skies fills you with joy, if a blade of grass springing up in the fields has power to move you, if the simple things of nature have a message that you understand, rejoice, for your soul is alive…

Christopher C. Burt

Many people wonder if the earth’s climate has become more extreme in recent years. People ask themselves: “Was last summer really the hottest ever in the West? Were the floods in the spring unprecedented?” The answer to these kinds of questions would be an unqualified “no.” After all, at one time a glacier sat on Chicago’s doorstep; at another time palm trees grew in northern Canada. A more relevant question to ask ourselves is whether recent extreme weather was the worst in recorded history. It’s the recorded history of the past century or two that provides a benchmark against which we measure what happens today.
Scientists, of course, have many ways of estimating the earth’s temperature and climate in past millennia, including dendrology and the study of ice cores and ocean sediments. What they can’t do is provide details of specific extreme weather events in eons past.

BBC

NorthAmericaParts of the US are braced for potentially record-breaking low temperatures as a “polar vortex” brings more freezing weather.
Forecasters say temperatures in the north and central US could feel as low as -60F (-51C) with the effect of wind chill.

Denise Chow

2D9859993-exoplanet-hd106906b.blocks_desktop_largeAn enormous alien planet — one that is 11 times more massive than Jupiter — was discovered in the most distant orbit yet found around a single parent star.
The newfound exoplanet, dubbed HD 106906 b, dwarfs any planetary body in the solar system, and circles its star at a distance that is 650 times the average distance between the Earth and the sun. The existence of such a massive and distantly orbiting planet raises new questions about how these bizarre worlds are formed.