Peter Ward

People commonly assume that our species has evolved very little since prehistoric times. Yet new studies using genetic information from populations around the globe suggest that the pace of human evolution increased with the advent of agriculture and cities.
If we are still evolving, what might our species look like in a millennium should we survive whatever environmental and social surprises are in store for us? Speculation ranges from the hopeful to the dystopian.

Kurt Streeter

Into this troubled environment, 11,000 athletes from all corners of the globe will descend, along with coaches, officials, Olympic support staff, media workers and more. The Tokyo Games could end up being a three-week superspreader event that leads to death and illness across Japan and far beyond.

人の進化

人は言葉を獲得し
意思の疎通がうまくなり
あらゆる敵を打ち倒し
怯えずに暮らすようになった

人の体温は下がり
骨は軽くなり
必要なカロリーは減り
遺伝子が変わる

人の活動が狩猟から農耕になると
遊牧民だった人たちは農民になり
獲物を追っての旅は終わりを告げ
慣れた土地での繰り返しが始まる

人の体温はさらに下がり
骨はもっと軽くなり
必要なカロリーは際限なく減り続け
遺伝子がまた変わってゆく

活動の場所が農地からオフィスに移ると
農民だった人たちはオフィスワーカーになり
土に親しむ暮らしは終わりを告げ
ビルのなかでの繰り返しが始まる

人の体温は下がり続け
骨は軽くなり続け
必要なカロリーは減り続け
遺伝子が変わり続ける

オフィスに行かなくてもよくなって
みんながリモートで働くようになり
会うことも話すこともなくなって
リアルかバーチャルかわからなくなる

人の体温は極限まで下がり
骨はもっともっと軽くなり
必要なカロリーはとても少なくなり
遺伝子が大きく変わる

動物を追うことなどない
苗を植えることもない
他人と交わることもない
人は もう人ではない

自然から遠ざかった人が
どこに向かっているのか
どのように変わるのか
それは進化なのだろうか

松江

松江で
沈む夕日を
早朝のシジミ舟を
そして
ラフカディオ・ハーンの怪談を
目にした

夕日も
舟も
怪談も
みんな静かだった

出雲

出雲には
神がいた
でも それは
思っていたような神ではなく
想像もつかないような
不思議な神だった

僕はただ
祈る
君もまた
祈る

祈りが通じるかどうかは
神も知らない

進化

人の進化は終わったのだという学者がいる
人はこれからも進化し続けるという学者もいる
何かから進化して人になったように
人が進化して何かになってもおかしくない

口腔と咽頭腔を直角にし 咽頭を下に移動させることで
人は話し言葉を獲得し その後 文字を使うようになり
人は 人となった

次の進化が 言葉なしのコミュニケーションだとして
からだのどの部分を どのように変えたなら
言葉なしでコミュニケートできるようになるのだろう

次の進化が 瞬間移動だとして
からだのどの部分が どのように変わったら
瞬間移動ができるようになるのだろう

でも次の進化は
言葉なしのコミュニケーションだとか瞬間移動とかの
想像できるものではなくて
きっと 僕なんかが想像もつかないような進化なのだろう

進化による人の誕生が 人に似た動物たちを滅亡に導いたように
進化をとげた新しい動物が 人を一人残らず滅ぼす
それは いいことなのか
悲しいことなのか

滅ぼされる直前に
進化論は正しかったとか間違っていたとか言っても
それは何の意味も持たない

人という種が生まれた時から
人という種は滅びる運命にあった
そう
永遠なんて どこにもない

説明

空間を 緯度 経度 標高 体積 温度 気圧などを使って示しても
 空間を 説明したことには ならない
時間を 年月日や時分秒で言ったとしても
 時間を 説明したことには ならない
色を CMYKで表しても
 色を 説明したことには ならない
光を RGBで表しても
 光を 説明したことには ならない
形を 三角だ四角だと説明してみても
 形を 説明したことには ならない
明るさを ルーメン カンデラ ルクスで表しても
 明るさを 説明したことには ならない
質感を 形容詞を総動員して説明しても
 質感を 説明したことには ならない
味を 見た目とか香りとか食感とかで言葉を尽くして説明しても
 味を 正確に表現することはできない
匂いの 質と強さを 識別装置で数値化しても
 匂いを 説明したことには ならない
音を どう形容しても
 音を 説明したことには ならない
  水音 波音 川音 瀬音 葉音 雨音 風音 足音
  そう聞けば 音は浮かんでくるけれど
  だからといって音が正確に伝わるわけではない
  産声 裏声 風邪声 金切り声 しわがれ声 涙声 だみ声
  そう聞けば 声は想像できるけれど
  あの人とこの人とで声は違う

伝えているつもりでも 何も正確には伝わっていない
説明は難しい

金持ちと貧乏人

安定した社会がいいという
金持ちは より金持ちになり
貧乏人は より貧乏になる
それでも 安全で安心だ

国際通貨基金のレポートが
貧富の差に警鐘を鳴らしても
金持ちは金持ちのまま
貧乏人は貧乏人のまま

金持ちには
貧乏人の知らない投資の機会があり
優秀なウェルスマネージャーが
金持ちの損失をゼロにする

貧乏人には
カードローンやリボ払いがあって
金融機関の優しい融資のPRが
貧乏人の借金を増やし続ける

民主主義だろうと社会主義だろうと
なぜか どの国の政治家も役人も
金持ちのために働いて
貧乏人を増やす

最大多数の最大幸福を目指そう
21世紀は貧乏人のためにある
そんなプロパガンダが見えてきた
アッカンベーをする僕に
居場所はあるのか

ありのまま

猫は
微分や積分を
考えることができない

猿は
量子力学を
理解することができない

人は
経験を
予測することができない

僕は
ありのままを
感じることができない

君は
ありのままを
受け入れることができない

ガーディアン・エンジェル

どんな難解な哲学も
時間をかけて理解しようとすれば
理解できないことはない
そうでなくても
理解したと思うことはできる
でも 君は
そして 君のガーディアン・エンジェルは
どんなに時間をかけても
理解を超えていて
理解したと思うことすらできない

適応は真実に勝るとか
運動が感情になったとか
いろいろ言ってみたところで
惑わされようと
惑わされないでいようと
理解の枠のなかのこと
でも どんな適応も
そして どんな感情も
君には勝てないし
君のガーディアン・エンジェルにも勝てない

君がしてきたことに
そして 君のガーディアン・エンジェルがしてきたことに
ただただ脱帽する
というか
脱帽するしかない

言葉 2

言葉に頼れば気分障害になる
ゲーテも マルキ・ド・サドも バルザックも ディケンズも トルストイも
メルヴィルも ヘミングウェイも 太宰治も 宮沢賢治も 夏目漱石も 坂口安吾も
遠藤周作も 北杜夫も 開高健も 玉置浩二も キェルケゴールも ニーチェも
フルシチョフも チャーチルも カート・コバーンも アクセル・ローズも
みんなみんな言葉に頼り みんなみんな気分障害になった

言葉に頼らない人も 気分障害になった
ミケランジェロも ゴッホも ベートーヴェンも シューマンも 気分障害になった
でも 言葉に頼った人より 圧倒的に少ない

言葉はやはり
危険だ

言葉

言葉よりもいい表現というものあって
例えば 音の組み合わせで気持ちを伝えることができたらいいのだけれど
結局は 言葉に頼るしかなくて
それで 今日も言葉を紡いている

言葉を使わなくてよくて
例えば 目を見るだけで思いが伝わったらいいのだけれど
最後は 言葉に頼るしかなくて
言葉で 不安を消そうとしている

僕はアーティストでないから
アートで気持ちを表現するなんて 夢のまた夢で
作品でこころを伝えるかわりに
言葉に頼って生きている

言葉の通じない人に思いを伝えるには
どうしたらいいのかと考えて
言葉なしで思いを伝えるのは
そうは簡単でないと気がついて
君に思いを伝えるには
言葉では十分でないと思い至った

君に思いを伝えよう
言葉なしで念じる
伝わらなくても念じる
伝わるまで念じる
思いは伝わる

曖昧

私たちは誰も
決して白とか黒とかではない
そして
あっちでも こっちでもない

ある時は
白でも黒でもなく
また ある時は
あっちであり こっちでもある

いろんなことが
and だったり
or だったり
none of them だったりするのだけれど
でも多くの場合は
曖昧で
白か黒かよくわからず
あっちか こっちか よくわからない

君が はっきりしていて
僕が 曖昧なのか
君が 曖昧で
僕が はっきりしているのか

いや
君が 曖昧なら
僕も 曖昧なら
そして まわりもみんな曖昧なら
なにもかもが きっとうまくいく

すべてをはっきりさせれば
いいというわけではない
時には曖昧もいい
とてもいい

桜が咲き
桜が散る
花びらが地面を覆い
緑の葉が木を覆う
それは
あっという間のこと

桜の事情は知らないけれど
桜に見とれる
君の心は見えないけれど
君にみとれる

批判と非難

自分の考えに合わないからといって
誰かを批判するのは容易い
でも僕の考えなんて
他人を批判できるほど
立派なものではない
だから
批判はしない

ルールを守らなかったといって
誰かを非難するのは容易い
でも僕は
他人を非難できるほど
立派ではない
だから
非難はしない

批判なんて できない
非難なんて できない
そして 考えてみれば
愛するなんて できない
でも
君を愛している
止めることなく
愛している

日本音楽著作権協会

みんなで歌いたい
歌を楽しみたい
それなのに
JASRAC のせいで
歌いたい歌が歌えない
歌うのは人の基本的な権利なのに
なにも歌うことができない

JASRAC のせいで
聴きたい歌が
インターネットから削除され
聴きたい時に聴くことができない
仕方なしに海外の歌を聴く
気がつけば
聴くのは海外の歌ばかり
JASRAC のせいで
日本の歌が記憶から消えていく
世界中の人のなかから
日本の歌が消えていく

目先のカネのために
日本の文化が消えていく
歌をひとつひとつ消してゆくのが
JASRAC の役目なのか
文化をひとつひとつ消すのが
文化庁なのだろうか

法律とか判例とかがあって
音楽が人からどんどん遠ざかる
裁判所とか官庁とかのせいで
音楽が消えていく
裁判官にも役人にも
歌はいらないのだろう
あるのはただ
金儲けだけ

JASRAC なんていうものは
ないほうがいい

阿修羅像

興福寺の阿修羅像は三面六臂
右の幼い少年の顔には反抗心が見て取れ
左の思春期の顔には思い詰めたような表情があり
正面の青年期の顔は決意がみなぎっている

善悪もこの阿修羅像に似ている
まず善悪の基準に反抗し小さな悪を演じる
次に善悪は誰が決めるのかなどと思い悩む
そして善悪を超え 迷いを断ち まっすぐに生きる

宗教とか哲学とか倫理とかに惑わされることなく
学校とか会社とか常識とかに振り回されることもなく
文化とか慣習とか権威とかに従うわけでもなく
誰が言ったからといって 誰かのせいにするわけでもない

人が決めた あるべき姿に
押し込めようとしても
一人ひとりに 持って生まれた姿があって
誰も あるべき姿には近づけない

結局は 人は生き物で
生き物であることからは逃れられない
生き物は生きようとする
そして生き物はいつか必ず死ぬ

だからというか
それでというか
決意を持って生きる
前を向いて生きる

時は流れない

時は流れるという
過去から未来へと流れる
決して逆戻りせず
一方向に流れる
過去の原因が
未来の結果を生む

時間の因果律とか
時間の非対称性とか
難しく言ったところで
なんの意味もなく
なにも変わらない
こうしている今も
時は流れている

双方向性とか
一方向性とか
対称性とか
非対称性とか
なにを言っても
時は流れる
時計の振り子が
静かに時を刻む

ところが
そんな平穏は
長くは続かないかもしれないと
科学の悪魔が囁きかける
平らに思えた地面が球形だったように
直感に基づくあたりまえは
ある日突然揺らぐのだという

不確定性という不確実な言葉で
直感では正しい決定論が
無残に崩されてしまう
時間は連続していない
時間は揺らぐ
時間は流れない
そんなことを言われても
なにも言い返せない

僕が見ている君は
ここにいる
他の人が見ている君は
違う場所にいる
うーん
もしもそれが世界なら
そんな世界は
知りたくもない

なんでも知っている人

なんでも知っている人ではなく
なんにも知らないと思える人がいい
なんでも知っていて なにも考えない人より
なにも知らないで たくさん考える人のほうがいい

なんでも知っている人は
どんなことも もっともらしく説明し
知らないことも 知っているかのように話し
答えのないことにまで 答えを与える

なにかを知っている人よりも
なにかを好きな人のほうがいい
なにかを真面目にやっている人よりも
なにかを楽しんでいる人のほうがいい

言葉を巧みに操る人でなく
言いたいことも言えないような人がいい
頭のいい人より
心がいい人のほうがいい

自分の境遇を怨んでいる人ではなく
状況を変えていける人がいい
打ちのめされている人より
微笑んでいる人のほうがいい

君がいつまでも微笑んでいるといい

現実と作りごと

暮らしとか生活とか利害とかいった
現実があり
神とか国家とか政治とかいった
作りごとがある

現実はそこにあり
作りごとはどこにもない
ないのに あると思う
ないと知りつつ あることにする

現実と作りごととの境界は
ぼんやりとして見えない
作りごとを作ったのが人ならば
作りごとを信じるのも人なのだ

個人というのは人で
社会は人の集まりで
ここにいる個人は現実で
社会は現実なのか 作りごとなのか
それとも ただの 幻なのか

僕は社会の一員なのか?
君は社会の一員なのか?
僕は社会に生きているのか?
君は社会に生きているのか?

優等生

生徒たちが数学の問題を解く
真面目な生徒の答えは正解で
不真面目な生徒の答えは不正解

人生の問題に直面して
真面目な人は答えを求めて行き詰まり
不真面目な人は流れに乗って出口にたどり着く

問題を解くのが人生ではない
不思議なことを楽しむのが人生なのだ

生徒たちが勉強の計画を立てる
計画通りに勉強した生徒は褒められ
計画通りにできなかった生徒は叱られる

実際には 計画しても その通りには いかない
計画にこだわった人は 失敗し
計画にとらわれなかった人は どこかにたどり着く

計画通りは失敗し
無計画が成功する

学校で教わったことを鵜呑みにするのが優等生だとすると
優等生というのは きっと なにも考えない人たちなんだろう

言論の自由という幻想

言論の自由という
街には 未熟な文章が溢れ
あちらこちらで でたらめがまかり通る

文章や画像を尊重し そのまま使えば
著作権といってカネをふんだくられ
文章や画像を踏みにじり 改ざんしてしまえば
褒められたりもする

宗教に関することは
その宗教の教義を 隅から隅まで知ることなしには 語れない
科学に関することは
その科学の分野を 隅から隅まで知ることなしには 語れない
それなのに
言論の自由という名の下に 誰もがいいかげんなことを話す

何も知らない人が思い付きで言ったことが 正しいとされ
よく知った人が考え抜いて言った言葉は 隅に追いやられる

言論の自由という幻想によって 言論が封殺されている
なんてこった パンナコッタ

自分を思いやる

自分を慈しむ
そうすることで
心の平静を保つ

負の感情を抱いてもいい
負の感情を否定しない
負の感情を責めない
ありのままに受け入れる

自分を追い詰めず
自分を思いやる
手を頬にあてる
顔をさする
手を胸にあてる
おなかをさする
手の圧を感じる
温もりを感じる

自分を思いやる
そうすれば
君を思いやることができる
そう
自分を思いやる
君を思いやる

思考停止

人にやさしい街づくり  人にやさしい都市づくり  人にやさしい店づくり  人にやさしいクルマづくり  人にやさしい公園づくり  人にやさしいモノづくり  人にやさしい色づかい  人にやさしいテレビ  人にやさしい建築  人にやさしい経済学  人にやさしい医療  人にやさしい木材  人にやさしいロボット  人にやさしい道路  人にやさしい住宅  人にやさしい会社  人にやさしい組織  人にやさしい学校  人にやさしい施設

人にやさしい という言葉を組み込んだ途端
人は思考停止してしまう
人にやさしいのだから いいことに違いない と思ってしまう
そして
人のことを忘れてしまう
弱い人のことは まるっきり考えようとしない

地球にやさしい社会  地球にやさしい製品  地球にやさしい商品  地球にやさしい洗剤  地球にやさしい生活  地球にやさしい暮らし  地球にやさしいストッキング  地球にやさしい鉄道輸送  地球にやさしい家電  地球にやさしい新聞製作  地球にやさしい自転車

やさしいのは 人や地球にとどまらない
胃にやさしい献立
財布にやさしい節約ごはん

何かにやさしい という言葉を組み込んだ途端
キラキラしているものから輝きが消え
美味しいものも不味くなる
やさしいというわりに なぜかやさしくない

人にやさしい会社で働くと なかなか幸せになれない
地球にやさしい製品が 地球に害をなす
やさしい社会を目指しても 弱い立場の人が生きやすい社会はやってこない
やさしいだけでは 何もよくはならない

労働

働くってどういうことだろう

なぜか多くの人たちが
似たような給料に満足し
朝から晩まで働かされて
嬉々としている

どこかにいる少ない数の人たちは
自分たちは働かず
多くの人たちを働かせて
安らいでいる

働くことがあたりまえだと
働かなければ食べていけないのだと
刷り込まれ
信じ込まされて
今日も働いている人たちは
ろくな朝食も摂らずに駅に急ぎ
満員電車に揺られて会社に行き
なんのためなのかも知らされずに
与えられた仕事をこなす

目の前に自然の織りなす景色が広がっている
アルヴォ・ペルトの静かな音楽が流れている
僕は働いていない
隣に君がいる
ここはどこだろう
きっと この世ではない

心のありか

心が痛い
心が華やぐ
心が躍る
心が弾む
心がなにをしてもいいけれど
心はどこにあるのだろう
胸にある
脳にある
脊髄にある
末梢神経にある
感覚運動器官にある
皮膚にある
体の外にある
君のなかにある

僕の心が君のなかにあって
君の心が僕のなかにあったら
それはそれでおもしろいけれど
きっと困るだろうな

野生

農耕や牧畜を始める前の
野生の人間のように生きる
ありのままの自然を享受し
飼いならされたりしない

人懐っこくなったりしない

無条件で人を信用したり
知らない人に優しくしたり
物わかりがよかったり
そんな子供っぽさは 持たない

ひとりで戦う

無駄なことは 話さない
あたりまえのことは 口にしない
遊牧民のメンタリティーはもちろん
農民のメンタリティーも持たない

野生の人間にはなれないけれど
意識だけでも近づく

思いは巡る

より多く 現実を見れば
より少なく知ることにつながり
知識にしがみついたり振り回されたりすることが少なくなる

より少なく知れば
より多く感じ
五感をフルに使っ生きることができる

より多く感じれば
問いただしたりすることが より少なくなる
問いただしたり 非を責めたりなんて しないほういい

問いただしたりが少なくなれば
より多く愛する
愛するのはいい

より多く愛せば
より少なく争う
愛を忘れて争うなんて やめたほういい

より少なく争えば
より多く安らぐ
多く安らぐのはいい

より多く安らげば
より少なく思い煩う
現実を忘れて思い煩うなど しないほうがいい

より少なく思い煩えば
より多くの現実を見ることができる
多く見るのはいい

自己家畜化

ある種の生き物は
飼いならされて
家畜化する

人間も
飼いならされて
家畜化する

祖先に比べて小さな顎
小さな歯
平たい顔
攻撃的でないオス
家畜化された動物に見られる特徴が
人間にも見られる

犬 小麦 牛
トウモロコシ じゃが芋 鶏
稲 馬 林檎
銀狐 そして 人間

自己家畜化が
吉と出るか凶と出るか
滅びの道を辿らなければいいのだけれど

覇権国

覇権国イギリスに綻びが出始めた頃に
日本はイギリスと同盟関係を結んだ
しばらくして
覇権国イギリスが衰退する頃に
日本は新しい覇権国アメリカと戦争をして
そして負けて
アメリカの植民地のようになった

覇権国アメリカに綻びが出始めた頃に
日本はアメリカと同盟関係を強固にした
しばらくして
覇権国アメリカが衰退する頃に
日本は新しい覇権国中国と戦争をして
そして負けて
中国の植民地のようになるのではないか

まあ そんなことは 起きないだろうけれど

ハラスメント

嫌がらせはハラスメントと呼ばれ
ありとあらゆる職場で問題になり
職場をギスギスした場所に変えてしまう
個人的な嫌がらせは見えにくく
心理的嫌がらせや身体的な嫌がらせは
時に命を危うくする

人種的・民族的な嫌がらせとか
男性から女性への嫌がらせとか
年上から年下への嫌がらせとか
健常者から障がい者への嫌がらせとかの
差別的なハラスメントは
多くの場合 無理解から起こり
嫌がらせをする側に 罪の意識はない

罪の意識がないのは
言葉による嫌がらせや
ネットのいじめも同じで
変な正義感から嫌がらせが起きる
なんの関係もない第三者が
嫌がらせをする場合の多くが
間違った情報による勘違いで
もちろん罪の意識はない
会社の業績を上げようとして
パワーハラスメントを繰り返す上司にも
罪の意識はない

セクシャルハラスメントとよばれる性的な嫌がらせは
いちばん手に負えない
見た目についてコメントするとか
性的なジョークとか
見つめるとか
触るとか
レイプなどの明らかな場合をのぞいては
ハラスメントかどうかがはっきりしない

ハラスメントを受けた人が
ハラスメントだと訴えたら
ハラスメントをした人に
逆に訴えられるなんていうこともある
ハラスメント・ハラスメント
略して ハラハラというのだという

もっとも
報復のハラスメントというのもあるというから
判定は難しい

人と人との関係は
ハラスメントであろうとなかろうと
いつもとても難しい

人が人に嫌がらせをして
人が人を追い詰める
人というのは そういうものなのか
それとも 一部の人がそうなのか

戦争になれば人殺しもできるのが人だから
人は平気でハラスメントをするのだろう
ハラスメントなどというものとは
関わりなくすごしたいけれど
そう うまくいくかどうか
関わりなくすごせますようにと
ただ祈るしかない

消えない記憶

改札を出て 階段を上がる
交差点を渡り まっすぐ進む
カフェの角を 道なりに曲がる
信号を渡り 公園に入る
池に沿って歩き 石の階段を上がる
広場を横切って 図書館の前をすぎる
テニスコートの脇を通って 家の前の道に出る
ドアを開けて なかに入る
それだけの思い出が 景色とともに甦る
この記憶は なんなのだろう

街を歩いた記憶は
他のどんな記憶より鮮明に甦る
街は変わり続けているから
記憶のなかの街は もうどこにもない
それなのに 記憶のなかの街は
いつまでも変わらず 記憶のなかにある
記憶のなかの街が 色褪せることはない
僕がいなくなる時 記憶のなかの街は消える
他のたくさんの記憶と一緒に消える
でも 僕のなかの君だけは消えない
きっと消えない

壊色

仏教の修行僧の衣の色を壊色という
えじきと発音してみると色の感じが伝わってくる
サンスクリット語のカシャーヤという袈裟を意味する言葉のの漢訳で
原色を破壊した色というような意味だという

衣服に対する執着を捨てさせるために
修行僧の衣には
青 黄 赤 白 黒の華美な標準色や
緋 紫 緑 紅 硫黄の鮮やかな中間色は避け
原色を染壊した色が用いられた

だから 壊色は
地域によって異なり
宗派によって異なる
木や樹皮や鉄分を含んだ土などで染めて
色を壊そうとするので
柿渋色だったり木蘭色だったりする

壊色を纏ってみると
落ち着いた気分がやってくる
どの色でもないのだが
どの色にも見える

色を壊すはずが
すべての色を含んでしまった壊色
それは 失敗なのではないか
だって僕は
壊色に執着している

すべては変わる

飽きるのを
悪いことのようにいう人がいる
でも 飽きるのは変わろうとするからで
夢中になれる何かを探し続けているからで
だから 飽きるのは 自然なのだ

変わり続ければ 飽きたりしない
変わり続ける何かを探し続けていれば 飽きっぽくみえる
変わり続けるのは 悪いことではない
でも 変わり続ければ
たくさんのものを得るかわりに
たくさんのものを失う

変わり続けて
たくさんのものを失って
それでも笑っていられれば
それでいい
。。。かもしれない
いつか 変わり続けるのに飽きるまで
失い続ければいい

いや まてよ
変わり続けなくても飽きる
人は どんなものにも飽きる
みんなで飽きるから 車のデザインは変わり続ける
服や靴のデザインも流行をくりかえす
都会に住めば 田舎に住みたくなり
田舎に住めば 都会に住みたくなる
そう 僕たちは 飽きるようにできているのだ

飽きるようにできているのに飽きないのは
君をずっと好きなのは
とっても変
。。。かもしれない

心のなか

想像が心のなかに浮かびあがる
感覚が心のなかに蘇る
心のなかは自由だけれど
心のなかの情景は その時だけ
二度と見ることができない

人のすごいところ

美味しいケーキが食べられる店があって
そこのオーナーが有名になったりする
でも ちょっと考えてみれば
すごいのは ケーキを作っている人で
オーナーではないことに気づく

すごく素敵な服を売っている店があって
そこの社長がもてはやされたりする
でも ちょっと冷静に観察してみると
すごいのは 布を切ったり縫ったりしている人で
社長ではないことがわかる

働いていた人が辞めると
ケーキがまずくなったり
服が素敵でなくなったりする
そして 辞めた人が移った先の
ケーキがおいしくなったり
服が素敵になったりする

そういうことが ないようにと
オーナーは AI にケーキを作らせ
社長は AI に服を作らせる
でも なぜか
AI の作ったケーキはまずく
AI の作った服はサエない

人がすることには揺らぎがあって
計算や予測ができない
人の論理的でないところが
美味しいケーキを作り
素敵な服を作る

いい知能が
美味しいケーキを作ったり
素敵な服を作るわけじゃない

今日食べたあの店のケーキは
いつもより甘かったけれど
おいしかったし
飾ってあったあの店の服は
あの店の服にしては地味な色をしていたけれど
とても素敵だった

計算できないところが
予測できないところが
論理的でないところが
人のよさなのかもしれない

遅く生まれていたら

ヒトラーの演説を聞いて感激していた人が
40年か50年遅く生まれていたら
ベルリンの壊れた壁の上で喜んでいたかもしれない

特攻機でアメリカの軍艦に突入した人が
10年か20年遅く生まれていたら
安保反対のデモに参加していたかもしれない

今朝電車に飛び込んで通勤ダイヤを狂わせた人が
1年か2年遅く生まれていたら
死のうなんて思わなかったかもしれない

僕が この僕が
1か月か2か月遅く生まれていたら
君と出会わなかったかもしれない

僕は 運がいい

己の心は忌わしく
自らの心は息たえだえ
奴の心は怒る

今は心を念じ
次の心は恣(ほしいまま)にし
中の心は忠(まごころ)で
亦の心は恋しく
耳の心はなぜか恥だ

物の心は惣
音の心は意
士の心は志
田の心は思
串の心は患
亜の心は悪
徴の心は懲
欲の心は慾
休む心は恷
能の心は態
恕は心の如く
忿は心を分け
懲は心を徴し
懸は心に縣る

心の上の刃を忍び
心の上の台で怠ける

悲しいのは心に非ず
忘れるのは心が亡いからだ

門のなかの心は悶え
若い心に惹かれ
秋の心は愁い
相手の心を想う

変わりゆく景色

目に見える景色は 変わり続ける
同じ景色は 二度と現れない

目の前にある景色は 今だけのもの 束の間のもの
だからこの景色は愛しい

思い出の景色は いつまでも美しい
でも どんな景色も 君のいる景色には敵わない

過去を秘めた景色が 徐々に消えてゆく
夢を秘めた景色が 徐々にはっきりしてくる

辺りが明るくなる 止まっていたものが動き出す
風が吹き 水が流れ 君が笑い 君が跳ねる

でも どんな景色も 変わり続ける
同じ景色は 二度と現れない

過去

過去を変える試みには
過去をなかったことにして 対抗する

勝ち目はない

**

過去のことは消す
消してもらう
いや
いや いや
過去は なかった
なにも なかった

募金

久しぶりで 世界の貧しい人のための募金 なんていうものを見た
貧しい人が10億人いるとして 募金で100万円集めても
一人あたり 0.001円にしかならない
だから募金に意味がないことは 明らかなのだけれど
貧しい国に学校を建てようとか
飢えた子どもたちに食べ物をとか
情に訴えるカネ集めは 後を絶たない

震災で行き場を失った 可哀想な動物たちを救おうと
駅前の街頭で 声を張り上げる人たちがいる
立ち止まって
募金をするよりも働いたお金で動物たちを救ったらと言ったら
私は時給千円のバイトなんですと 申し訳なさそうな顔をする

アムネスティとか UNICEFとか UNHCRとか WFPとかも
駅前の街頭で カネ集めやサポーター集めをする
立っているのは 団体の職員ではなくて
それ専門の会社の臨時職員で
活動に関する知識は ほぼゼロだ
その人たちに給料を払っても まだカネ集めになるのだから
募金というのは割がいいのだろう

金持ちがするチャリティーとか
税が軽くなる寄附だとか
募金以外にもいろいろあるけれど
おカネが絡む社会活動には 批判や中傷が付きまとう

ボランティアとか慈善とか言われても 素直にそうですかとは言えないのは
なぜだろう
真心とか誠意とかを口にする人たちに 真心や誠意が感じられないのは
なぜだろう
僕がいいことを していないからなのか
僕が薄情すぎるからなのか

僕ばかりが悪く思えてくるから不思議だ

墨絵

墨で書いた絵をじっと見ていたら
ないはずの色が見えてきた
絵はモノクロの写真に似て
空は空の色を
雲は雲の色を
内蔵しているかのようだ

日が昇り 光を取り戻した街が
色彩でいっぱいになるように
絵のなかに隠された色が
墨のなかからにじみ出て
墨のないところまで
色づいてゆく

絵の余白に現れた色は
言葉にならないほど 美しい
その色が
色相や明度や彩度で表されることは
ない

こころのなかに あらわれた色は
ぼんやりとして
やがて消えた
目の前の絵は
墨の絵に戻っていたけれど
その墨はもう
前の色ではなかった

わからないこと

できるとわかっていることをするのは
つまらない
できるかどうかわからないことをするから
おもしろいのだ

答えがわかっている問題を解くのは
時間の無駄に思える
答えがわからない問題を解こうとするから
わくわくするのだ

簡単な商談を成立させても
喜びはない
難しい商談を成立させて
喜びがわく

弱い相手に勝っても
嬉しくはない
強い相手に勝って
嬉しさがこみあげる

できるとわかっていることや
できないとわかっていることに
惑わされることなく
できるかどうかわからないことを
選んでやってゆく
そうすれば失敗も多くなるけれど
毎日は きっと楽しい
できることばかりやって
やることなすこと成功するより
ずっといい

人は
保守だとか リベラルだとか
ニューリベラルだとか ネオリベラルだとか
右翼だとか 左翼だとか
自由主義だとか 社会主義だとか
資本主義だとか 共産主義だとか
全体主義だとか ファシズムだとか
いろんな対立軸を作ってきた

社会よりも個人のほうを大事にする
北欧の国々のような例外はあるけれど
冷静に考えてみれば
みんな 同じ
個人よりも社会のほうが大事で
小さな政府より大きな政府のほうがよくて
変化はゆっくりのほうがいいという

どれも同じペテンなのに
まるで違いがあるかのように
自分たちのシステムを誇り
他のシステムの欠点をあげつらう
政府は個人を跪かせ
軍は個人に銃を向け
司法は個人を罰し
メディアは政府を代弁し
格差は自然に拡がる

個人を取り締まり
個人から奪うために
政府はどんどん大きくなる
政府のための変化は速く
個人のための変化はゆるやかになる
どの政府も犯罪集団なのに
世界中を政府が支配する

政府を構成しているのは人で
どの人も
無垢で無辜だ
システムを考え出したのも人で
どの人も
無垢で無辜だ

無垢で無辜な個人が
無垢で無辜な個人に牙をむく
なにかが変だ

こうしているあいだにも
ありとあらゆる政府が
個人を追い詰めている
声を上げようと声を上げまいと
個人は追い詰められる

交信

ミツバチは 蜜源を見つけると 巣に戻り
蜜源が近い場合には円形ダンスで
蜜源が遠い場合には8の字ダンスで
仲間に蜜源の方向と距離を伝えるという

シロナガスクジラは
何千キロも離れた海のなかで
水圧とか水温とかの条件を満たした深さまで行って
そこで仲間たちと交信するという

人間だけが仲間と交信しているわけではない
動物も植物も とても小さな生き物も
いろいろなやり方で
仲間たちと交信している

言葉を使わなくても
科学技術を用いなくても
交信はできる

すぐそばにいる君と
言葉なしで
交信する
もちろん科学技術なしで

何をも知らない

石牟礼道子を
 花ふぶき生死のはては知らざりき
で覚えていたり
寺山修司を
 海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手を広げていたり
で覚えていたり
山本周五郎を
 心に傷をもたない人間がつまらないように、あやまちのない人生は味気ないものだ
で覚えていたり
Albert Camus を
 Tout homme est un criminel qui s’ignore.
で覚えていたり
William Shakespeare を
 The fool doth think he is wise, but the wise man knows himself to be a fool.
で覚えていたりする

石牟礼道子も
寺山修司も
山本周五郎も
Albert Camus も
William Shakespeare も
膨大な文章を残しているのに
なぜか その人たちを
短い言葉で覚えていようとする

短い言葉は
その人たちの
何をも
表してはいない

僕は
その人たちの
何をも
知らない

僕は
何も
知らない

極北の人たち

極北の人たちの体温は低い
それだけでなく脈拍も遅い
日本人なら徐脈といわれるほど遅いのだ

極北の人たちはアルコールに弱い
やってきた白人に酒を飲まされて
からだを壊して死んでいった

極北の人たちにはアスピリンがよく効くという
熱は下がり
どんな痛みもたちどころに消えてしまう

極北の人たちには心筋梗塞や脳梗塞が少ない
サバやイワシやアザラシなどの海の恵みを
たくさん食べてるおかげだという

そんなことはみんな嘘なのかもしれない
でも極北の人たちのDNAを持つと言われた僕には
それがみんな本当に思える

僕は生肉を食べないし 暖かいところが大好きだ
でも体温は低いし 脈拍は遅いし
アルコールに弱いし アスピリンが効く

だからきっと
心筋梗塞や脳梗塞で死ぬことはない
僕には極北の人たちの血が流れている

想定外

想定外という

想定外だから仕方ない
思いもしないようなことは起こるものだ
はたして そうだろうか

想像できなかったという「想定外」がある
まったく想定しなかった「想定外」
「影響が敷地外に及んだ場合の防災」とか
「海外での反応が日本に及ぼす影響」を想定した人は
いなかったのではないか

想像はできたけれど想定していなかったという「想定外」もある
想定はしたのだけれど
対策を深く考えるには至っていなかったという「想定外」
「重大事故時の対応力の不十分さ」とか
「作業員確保」とか
「放射線廃棄物処分」とか
いろいろ浮かんでくる

安全対策を考える上で想定しないことにした「想定外」もある
想定はできたけれど
対策のための費用があまりにも高額だったために
考えないことにして
発生したら仕方ないなという「想定外」
「自然災害に対応する設計基準の低さ」などが
これに当たる

なんとか学会会長のような要職にある人が
「安全に対して想定外はない」などと言う
でも「想定外はない」などということはあり得ない
想定外はある
絶対にある

どんな仕事にもリスクマネージメントは重要だ
リスクマネージメントを真面目にやる
リスクマネージメントで手に負えない場合には 手を引く
「やらない」という選択をする

原子力発電所はリスクマネージメントで手に負えないから
もうやめる
リスクマネージメントをまじめにやれば
そういう結論になる

リスクマネージメントをまじめにやれば
想定外という言葉は消えてゆく
原子力発電所も消えてゆく

数値

インターネットで見つけた論文に
人の平熱は 36.86℃±0.23℃
つまり 36.63℃~37.09℃
と書いてあった
そんなに高いのかと思って他の論文を見たら
人の平熱の平均は 36.6℃
と書いてあって
95% の人が 35.7℃~37.3℃の範囲に入り
99% の人が 35.3℃~37.7℃の範囲に入る
という但し書きがある
中間値より平均値が高いのは
少数のアジア人の平熱が低いからだ
 とここまで読んで
 あっ これはアメリカのことなのだと気づいた
37℃に近い黒人の平均や
それよりほんの少し少ない白人平均に比べ
アジア人の平熱はずっと低い
気になって 論文の著者を見てみたら
案の定 アメリカ人だった

アメリカでは少数のアジア人も
世界では多数を占めるから
世界の平熱の平均はもっとずっと低いのではないか
36.3℃~36.4℃ ぐらいなのではないか
そう思ってインターネットで検索したら
日本人の平熱は 36.0℃ と書いてあるページもあって
36.86℃ とは比べものにならないくらい低い
その上に個人差があるのだから
37℃以上の人がたくさんいても
なんの不思議もない
日本でオリンピックがあって
会場の入口で
37℃以上の人は入れません
なんてやっていると
白人や黒人の半分以上入れなかったりして
混乱したりしないのだろうか

僕の平熱が 35℃台の下のほうでも
おかしなことはない
僕が熱をだして 37℃以上になったら
それは白人や黒人が 39℃ になるのと同じ
正常ではない

個人差を認めない数値だけの医療は
標準の数値でない人を病気だという
僕が他人とは違っても
変ではないし
病気でもない
 と言いながら数値を気にしている僕がいる
 なんとも情けない

Otis Redding

なぜ僕は
26歳で死んだオーティス・レディングに
27歳で死んだロバート・ジョンソンに
27歳で死んだジャニス・ジョプリンに
27歳で死んだジム・モリスンに
27歳で死んだジミ・ヘンドリックスに
27歳で死んだカート・コバーンに
26歳で死んだ尾崎豊に
惹かれるのだろう

33歳で死んだジョン・ベルーシにも
32歳で死んだジョン・ボーナムにも
32歳で死んだカレン・カーペンターにも
惹かれる

若くして死んだ人たちは
みんな輝いている
でも 死んだ人がみんな
死にたかったわけではない

感じる

静かさと共にいれば
心は落ち着き
言葉が多ければ
虚しさは増す
微笑を絶やさなければ
優しさが訪れ
悩みが多ければ
体は崩れていく
豊かさが過ぎれば
満足から遠ざかり
焦ったり急いだりすれば
どこにもたどり着くことができない
太陽の暖かさを感じ
水の清らかさを感じ
空気の流れを感じ
木を感じ石を感じる
そうすることで
自分を感じる
君と空を見上げる
君と海のかなたを見つめる
そして
二人を感じる

想像の欠如

人は捕食者だという
動物や魚を過剰に殺し
自然のバランスを乱しているのだという
でも
僕は牛を殺したことがない
豚を殺したこともない
鶏を殺したことすらない
それなのに
僕は ステーキを食べ
生姜焼きを食べ
唐揚げを食べて来た

人は長いあいだ
狩猟や採集で生きて来た
でも
僕は狩猟も採集も したことがない
狩猟のための道具を作ったこともないし
採集のために山に分け入ったこともない
それなのに
僕は 魚や貝を食べ
木の実やイモを食べ
キノコを食べて来た

人が農耕を始めて
もうずいぶんの時間が経つ
でも
僕は田畑を耕したことがない
種を蒔いたことも苗を植えたこともない
それなのに
僕は ごはんを食べ
パンを食べ
野菜を食べて来た

僕は食べるだけ
動物がどう殺されるのかを考えることもなく
食べものがどうやって目の前に並ぶのかを想像することもなく
おいしいと言って 腹を満たす
感謝もせずに 食べる

僕に足りないのは
想像すること
いや
それだけではない
感謝することも足りてはいない

なんの努力もなく
動物と対峙することもなく
天候の変化に一喜一憂することなく
何も感じることなく
食べものを口に運ぶ

僕は何もわかっていない

あまりにも多くの選択

あまりにも多くの選択は 私たちを混乱させ
あまりにも多くの愛は 私たちを破滅に導く
あまりにも多くのカネは 私たちを不安にさせ
あまりにも多くのセックスは 私たちを疲れさせる
あまりにも多くの家族は 私たちを不自由にし
あまりにも多くの恋は 私たちを自由から遠ざける
あまりにも多くの力は 私たちを疑心暗鬼に陥れ
あまりにも多くの夢は 私たちから時間を奪う

与えられた選択のなかで 精いっぱい生き
めぐり逢った愛を 大事にする
得ることのできたカネを 感謝して使い
セックスを 心から楽しむ
家族と 生活を楽しみ
ひとつの恋に 自分を捧げる
小さな力で 自分たちを守り
身の丈の夢で 地道に暮らす
君を選び 君を愛する
楽しく暮らす

二人はいい

一人がいいという人がいる
一人がいいという時もある

一人が似合う人がいる
一人で過すほうがいいという人もいる

一人は自由
結局は一人

でも
二人はいい

逃さない

量的な時間は
過ぎてゆく時間
誰にでも平等に訪れ
あっという間に過ぎ去ってゆく

質的な時間は
大切な時間
目の前を過ぎて行っても
気づく人は少ない

逃したことを
後で知っても
どうすることも
できない
掴むことができるのは
ただ一度だけ

偽りの自分と
偽りの真実では
なにもつかめない
つかみ取りたければ
本当の自分を生き
噓なく暮らすしかない

チャンスをつかみ取る
量的な時間をつかみ取る
質的な時間をつかみ取る
君との時間をつかみ取る
そうすれば
君はどこにも行かない

自然に害をなせば

科学技術の進歩で
自然の猛威による災害が
信じられないくらい大きくなる

人間が
自然を征服したつもりになり
自然のしっぺ返しにあう

国家なんていうものが
小さな損害を大きくし
多くの人間の生活を壊す

自然に害をなせば
自然の一部である人間に
害が及ぶ

人間が
自然の一部だということを忘れれば
人間は
自然から見放される

同じ情報 違う情報

同じ情報に触れていると
同じように考える人ができる
違う情報に触れていると
違うふうに考える

同じ新聞を見ている人となら
話が通じる
同じテレビ番組を見ている人とは
話が合う

インターネットで同じようなサイトばかり見ていると
世界中がそのようなサイトで溢れていると思い込み
じつは違うサイトのほうがずっと多いことに
思い至りはしない

同じ情報に触れている人は
味方に感じ
違う情報に触れている人は
敵に感じられる

同じ情報に触れている人が集まって
違う情報に触れている人といがみ合う
同じ情報に触れている人との繋がりや共感は
違う情報に触れている人への憎しみや反感でもある

同じ情報という繋がりや共感は
違う情報の人たちをはねのける
違う情報という憎しみや反感は
同じ情報の人たちを結束させる

同じ情報を流す人たちには
罪悪感の欠片もない
もちろん その人たちに
罪があるわけでもない

違う情報を流す人たちに
罪悪感があるはずがない
だから その人たちを
罪に問うことはできない

同じ情報の人たちの
想いが同じなら
違う情報の人たちの
考え方が違うのはあたりまえ

違う情報に触れていることは
悪いことではない
同じ情報に触れていることが
悪いことではないように

決められない

考えたことのないことを聞かれ
答えに詰まってしまうことがある

印刷の表面の仕上げをどうするか
グロスPPにするか マットPPにするか
そんなことを聞かれても
すぐには答えられない

PP とは Polypropylene のこと
グロスPPは つやあり
マットPPは つやなし
わかったような わからないような

しっかりつやのあるグロスPP
しっとり落ち着いたマットPP
どちらにします?

光沢を出すのがグロスPP
光沢を抑えるのがマットPP
さあ どちらがいいですか?

色鮮やかではっきりした色合いの印刷にはグロスPP
やわらかで淡い色合いの印刷にはマットPP
さあ さあ どうしましょう?

グロスPPだと元の色より濃くなって色味が変わるけど
マットPPなら色目が変わりません
マットPPにしますか?
えっ? グロスPPのほうがいいですって?

なんでですか?
ねえ マットPPにしましょうよ
価格はマットPPの方がやや高いけど
でも マットPPのほうがいいでしょ?

銀行

はじめてはいる未来の銀行は
明るくて清潔で静かだ
目の前に現れた大きなスクリーンには
運用や投資しかない
仕方なく その他を選んで タッチする
どこからか
 ただ今の時間はサービス時間外となっております
という声がする
どうしたらいいかわからず
辺りを見回す
誰もいないし なにもない
監視カメラに映る僕は
さぞかし間抜けに見えていることだろう
スクリーンにヘルプのボタンを見つけ
おそるおそるタッチする
どこからか響いてくる無機質な声が
いろいろな質問をする
それにひとつひとつ答える
20か30の答えのあとで
無機質な声が
 申しわけありません 本人確認ができませんでした
と言う
どうしたらいいのかと尋ねたら
 もう一度はじめからやり直してください
という答えが返ってくる
こんなことで 冷たいと感じたらいけない
みんなが冷たいわけではないのだ
世の中には冷たい AI ばかりじゃなく
暖かい AI もいる
だから
もしかしたら次の問い合わせには
暖かい答えが返ってくるかもしれない
マニュアル化して画一化した AI といえども
なかには少し違う AI もいて
助けてくれるかもしれない
未来の社会では 生きづらいことも多いけれど
そう捨てたものじゃないことも いっぱいある
 かもしれない
効率化と自動化とが進み
なにもかもがオンラインで
受付が無人受付システムになり
紙の預金通帳はデジタル通帳になったのは
遠い昔のこと
人は要らない
紙も要らない
そして 客も要らない
 カネのない客は客ではありません
 当行は必要としておりません
 当行がお客様に合う銀行なのか
 もう一度お確かめください
そういう未来の銀行に比べれば
今の銀行は夢みたいだ
そう考えて今の銀行に行けば
感謝で満たされるに違いない
って そんなわけないか

Coluche

C’est en 1985 que Coluche lance l’idée de distribuer gratuitement des repas aux chômeurs pendant tout l’hiver.
L’année d’après Coluche, de son vrai nom Michel Colucci, meurt dans un accident de moto. Mais les Restos du coeur poursuivent leur combat contre la pauvreté, soutenus dans leur action par des artistes amis de Coluche qui collaboraient déjà à l’initiative.
Les “Restos du coeur” sont devenus une association dont le but est d’aider les plus démunis et de participer à la lutte contre l’exclusion sociale. Depuis leur création, plus de deux milliards de repas ont été servis. Aujourd’hui plus de 2000 restos, plusieurs dans chaque ville, offrent des repas chauds aux sans-abri ou un panier-repas à emporter pour ceux qui disposent d’un logement, car les Restos veulent offrir aussi une aide amicale et discrète.

Lewis Hamilton

In 2020, Marcus Rashford took his many talents beyond the football field—where he is a star player for Manchester United and England’s national team—to respond to a national crisis: child hunger. “I know what it feels like to be hungry,” he wrote last June as part of a campaign that succeeded in pushing the government to provide meals for students in need during summer vacation. By standing up for the most vulnerable in our society, and using his platform and influence to create positive change, Marcus inspired countless others to join him on this mission and cemented his status as a role model. In a year that showed us the power of working together toward a common goal, he was a galvanizing force behind uniting people across the U.K. in the effort to ensure that no child goes hungry. His determination, resilience and persistence have been truly inspiring. I cannot wait to see how he continues this important work.

色鉛筆



ファーバーカステルとホルベインの全色が欲しい
という 欲しい欲しい病 にかかっている人は多い
ファーバーカステルもホルベインも一本から買える
だからというか でもというか 全色が欲しくなる
ファーバーカステル120色とホルベイン150色なのか
ファーバーカステル120色かホルベイン150色なのか
その辺は人によって違うけれど
ファーバーカステル120色のほうが色の乗りがいいとか
ホルベインのパステルトーンは外せないとか
いろいろ好みはあるけれど
うーん 悩ましい

転居

向原町 239番地にあった公孫樹や梔子や紫陽花は
 コンクリートのなかに消えた
目黒本町 6丁目を流れていたどぶ川は
 暗渠になって姿を消した
本羽田 3丁目にポツンと建っていた家は
 建ち並んだ家々のなかに埋もれてしまった
隼町 13番地にあった広い空は
 ビルで区切られてしまった
両国 4丁目にあった下町の空気は
 ツンとすましたよそ行きの空気になり
萩山町 1丁目にあった景色は
 石も木も水も そして土までも失い
東大井 4丁目にあった慎ましさは
 豪華さにとって代わられた
2734 Hampshire Road にあった壊れかけたビルは
 不動産投資のおかげでピカピカになり
鍛冶町 190番地にあったはじめてのビルは
 後から建ったビルの間に姿を変え
Avenue Helvétique 2 にあった静けさは
 街の賑わいに包まれてしまった
38 Vert Village にあった永遠の家は
 隣人が見守ることになり
御影山手 1丁目にあった仮の館は
 いつしかちゃんとした館に変わり
1619 Third Avenue にあった幻は
 現実に置き換えられ
10 Liberty Street にあった夢は
 本当の夢になってしまった
そう みんな幻 みんな夢
昨日のことも 明日のことも

綺麗

君が綺麗なのは
君を大好きだから
いや 違う
君のことが大好きでなくても
君は綺麗だ

人が作った道を歩いて 斜面を登り
人が植えた梅の木に 花が咲いているのを見る

思惑にはまっている
なんだか そんな感じがする

そして考えた
人が書いた安らぎを与える本を読み
 なんともいえない絶望を感じるのも
人が作った元気を与える曲を聴き
 元気とは関係のない寂しさを感じるのも
思惑どおりなのかもしれない

僕は
人の思惑から自由でない

百花繚乱

CMYK (シアン マゼンタ イエロー キープレート) で表される色の数は
C: 0〜100% M: 0〜100% Y: 0〜100% K: 0〜100% の組み合わせで1億以上
それなのに 画面の上の色や 街にあるれている色は せいぜい千くらい
不思議なことに みんな同じ色を使いたがる

学校教育のせいなのか 人もみんな同じように行動する
しかも みんな 同じになりたがる
ひとりひとりがそれぞれの人生を送ればいいのだけれど
違うことがいけない社会では 誰も他人と違うことをしようとしない

人が魅力的なのは 他の人と違うところ
なのに みんな 人の真似をする 人のようになろうとする
そして 違うものや 個性的な人を はじきだしてしまう

他の人と同じになろうなんて考えてはいけない
他の人と同じなんてつまらない
みんなが同じ世の中なんて なんの魅力もない

自分らしい姿で 自分らしいことをする
自分らしい考えで 自分らしく振舞う
みんながそうやっているほうが
みんなが言われるままにしているより ずっといい

レジリエンス

人として レジリエンスが大事だなって つくづく思う 心の復元力 回復する力 立ち直る力 苦境を脱する力 困難を克服する力 想定外の出来事に冷静に対応する力

戦争になろうが 災害が起きようが どんな変化にも対応できるしなやかさや 新しい環境や多様な状況に立ち向かう強さがあれば どうにか生きていける

会社にもレジリエンスがあって 競合企業が画期的な新製品を出した時に レジリエンスがない会社はつぶれ レジリエンスのある会社は痛手を負わない

社会にもレジリエンスがあって 干ばつが来ても ほぼ無傷で済んでしまう農家と ちょっとした干ばつで農場が劣化してしまう農家がある 中期金利が上昇しても 成長が鈍らない社会と ちょっとした金利上昇で すべてが壊れてしまう社会とがある

地球には レジリエンスがあるから 温暖化だなんだ言っても心配はないのだけれど
そこで暮らす人間にとっては温暖化は大きな問題で それで 大事なのはレジリエンス

今日起きることは 昨日起きたこととは違う 明日起きることも 今日起きたことと違う
そんな感じでいろんなことが起きるけれど レジリエンスで笑って切り抜けて 楽しむ

そう なにがあっても君が笑っていて なにがあっても君が君らしく生きている
それが望みといえば望みだ

Resilience

Resilience, in the context of the earth’s ecosystems, is defined as the capacity to absorb a shock, reorganize, and continue to function as before. This basic ability is often taken for granted by the global economy, and yet evidence is mounting that crucial ecosystems are in decline. Without a rethinking of how we use the earth’s resources and the development of an approach based on resilience, many of those declines may be irreversible.

誰かのことを想う

動物のことを想う
動物のためを想う
人間に支配されがちな動物のためを想う
自分に利益をもたらさない動物のことを想う
尊重する
思いやりを持つ
奴隷扱いされている動物のことを想う
奴隷扱いされるために捕獲される動物のことを想う
奴隷扱いされるために産みおとされる動物のことを想う
自分の選択で たくさんの動物を
苦しみと犠牲から解放することができると知る

植物のことを想う
植物のためを想う
人間に支配されがちな植物のためを想う
自分に利益をもたらさない植物のことを想う
尊重する
思いやりを持つ
奴隷扱いされている植物のことを想う
奴隷扱いされるために植えられる植物のことを想う
奴隷扱いされるために交配される植物のことを想う
自分の選択で たくさんの植物を
苦しみと犠牲から解放することができると知る

人のことを想う
人のためを想う
他人に支配されがちな人のためを想う
自分に利益をもたらさない人のことを想う
尊重する
思いやりを持つ
奴隷扱いされている人のことを想う
奴隷扱いされるために教育される人のことを想う
奴隷扱いされるために産みおとされる人のことを想う
自分の選択で たくさんの人を
苦しみと犠牲から解放することができると知る

そういうことのためにも
まず
君のことを想う
そう
君のためを想う

寒い夜の夢

寒い夜に
目を閉じて
海岸に飛ぶ
暖かい風が吹き
波の音が聞こえる

君が
ただの海岸を
幸せな海岸にする
ぼんやりとした太陽を
まばゆいばかりの太陽にする

怠惰な風が
気持ちよく吹いて
インディゴブルーが
君を包む
肌が触れる
匂いが混じる

みんなが知っていること

みんなが知らないことを知っても
誰にも理解されないけれど
みんなが知っていることを知るより
ずっといい
だって
みんなが知っていることを知るのは
なんにも知らないのと同じだから
誰かにわかってもらえたと思っても
ただの錯覚かもしれないのだから

ぬけぬけと自分の夢に溺れれば
それはそれで幸せではないか
世界と断ち切れたところで
ひたすら見えないものを紡ぐ
そして
出来上がりに満足する
誰もいいと言わない出来上がりは
静かなひかりのなかで輝いている
ああ
なんてきれいなんだろう

おかしくなったのは

心地よい春風が吹いているのに
暖房に慣れた体が 寒いと言っている

きっと 爽やかな秋風が吹いても
冷房に慣れた体は 暑いと言うのだろう

老人施設にいる人は 科学技術のおかげで
一年中同じ温度のなかで 快適にすごす

常夏の島にいる人は 異常気象のせいで
寒波に見舞われ 寒さに震えている

自然の摂理から遠いところにいて
考えも行動も狂ってしまった

自然の摂理から離れて暮らしていたら
人は人でなくなってしまった

環境がおかしくなったのではない
人がおかしくなったのだ

周りがおかしいのではない
僕がおかしいのだ

倫理と論理

この地球上には人が78億人も住んでいて
その半分以上の じつに44億人が アジアに住んでいる
中国に13億数千万人 インドに13億数千万人
日本には1億2千万人 台湾には千数百万人
こういう数字は 正確ではないにしても
まあそんなものだろうと思う

キリスト教の信者が24億人 イスラム教の信者が19億人
ヒンズー教の信者が12億人 仏教の信者が5億人
日本には神道の信者が8千数百万人 仏教の信者が8千数百万人
こういう数字を見ると なんだかなぁと思う
キリスト教徒として数えられている知り合いは
そのほとんどが日曜に教会に行かないし
そもそも僕は神道の信者でも仏教の信者でもない

世界中の中国人やインド人がいったい何人いるのか
そんな数は想像もつかないけれど
世界中の白人より多いのは確かなこと

3.3億人のアメリカ人が
世界をコントロールする時代は終わっても
キリスト教の倫理が世界を覆い
白人の論理がまかり通っている

AIが持たされる倫理はキリスト教の倫理だし
世界の政治を支配するのは白人の論理で
中国人の倫理とか インド人の論理は
なかなか見えてこない

19世紀のイギリスの時代が終わり
20世紀のアメリカの時代が終われば
民主主義や人権がすたれて
もっと住みやすくなるのだろうか
いや 次に来るのはきっと
ディストピアよりもっと住みにくい
不思議な世の中なのだろう

東条英機のように死ぬことができなければ
新しい世に殺されて
近衛文麿のように死ぬことができれば
新しい世を見ずにすむ

ディストピアの倫理はAIの倫理なのか
ディストピアの論理はビッグデータの論理なのか
いずれにしても
ディストピアが現れるまで生きていないことを
心から幸いだと思う

Michael Sandel

Even the most conscientious companies cannot be expected to figure out the common good by themselves, without engaging in robust public discussion about the purposes of technology, about the ethical dilemmas that technology raises and about how we should address those ethical challenges.
The tech industry cannot answer those questions by itself. Only a sustained lively public debate about the ethical implications of technology can address those questions.
The most responsible technology companies will be those that welcome and encourage a broader public debate about how technology, rather than being disempowering, can be a force for the common good.

Maximilien de Robespierre

Est-ce dans les mots de république ou de monarchie que réside la solution du grand problème social ? Sont-ce les définitions inventées par les diplomates pour classer les diverses formes de gouvernement qui font le bonheur et le malheur des nations, ou la combinaison des lois et des institutions qui en constituent la véritable nature ?

言葉は虚ろ

自由、自由と声高に叫び、
なにかを訴え続ける人たちがいる
その人たちは自由という言葉で
いったいなにを訴えたいたいのだろう
 自由でない国の権力者たちが
 自由を訴えるって
 おかしくはないか?

法の支配という言葉を使って
隣の国の専断的な国家権力の支配を
批判する人たちがいる
 統治される人々だけでなく
 統治する権力者たちも
 法によって拘束されなければならないのが
 法の支配だと知って
 法の支配という言葉を使っているのだろうか?

国際スタンダードに従えと
言う人たちがいる
 この国の国際スタンダードは
 隣の国の国際スタンダードとは違う
 どの国にも通じる国際スタンダードがあると
 本気で思っているのだろうか

文化が違い
価値観が違い
善悪の判断が違う時
私たちは戸惑う

この国の自由は 隣の国の自由とは違う
この国の法の支配は 隣の国の法の支配とは違う
この国の国際スタンダードは 隣の国の国際スタンダードとは違う
そう
言葉は虚ろ
何を言っても通じはしない

低い木の枝

花瓶のなかに生けられているのは
高い木の枝ではない
下草でもない
低い木の枝

森のなかで
隙間を埋めるためにあるような
低い木が
花瓶のなかで何かを主張する

小枝や葉がそぎ取られ
長い一本の枝と
先のほうに残った2枚の葉
そして2個の黒い実

森のなかでは
目に留まることのないものが
部屋のなかで
見るものを くぎ付けにする

社会のなかで
平凡と思われている人のひとりひとりに
喜びや悲しみがあることを思い出させるような
花瓶のなかの低い木の枝

枝と葉と実を見ているのか
考えているだけなのか
なにかの思いにとらわれて
人がひとり 動けずにいる

心でものを見る

心で見ることのできる君が
僕を好きと思う

心で見ることのできる君が
僕を嫌いと思う

君に好かれた僕は
自信に溢れ

君に嫌われた僕は
途方に暮れる

心で見ることのできる君が
僕をいいと思う

心で見ることのできる君が
僕をいやだと思う

君がいいと思った僕は
輝いている

君がいやだと思った僕は
沈んでいる

君に嫌われた僕も
君がいやだと思った僕も
どこかに消えてしまえ

それでいいよね

僕よりもずっと大きなハンディを抱えている人たちが
僕よりもずっと頑張っているのを見ると
心から恥ずかしくなる
でもというか だからというか
がんばらないでいい境遇に感謝して
がんばらないでいい毎日を生きる
優しく生きる
それでいいよね

誰のせいでもない

コロナ禍のせいで
 普通の暮らしができないとか
 普段の仕事ができないとか
 延期とか
 中止とか
 会えない人に会えないとか
 したいことができないとか
 行きたいところに行けないとか 
いろいろなことを言う
まさに禍だ

でも その一方
コロナ禍のおかげで
 学校のオンライン化が進み
 テレワークがひろがり
 生産者からの直接購入が増え
 消費形態が変わり
 eコマースが拡大し
 消費者の利便が増し
 オンライン診療が増え
 医療へのアクセスがよくなり
 分散型エネルギーへのシフトが加速し
 平常時にも災害時にも利用できるサービスが増えた
などという
こんなことはみんな
コロナ禍があろうがなかろうが
いずれは起きること
コロナ禍が変化を加速したというけれど
コロナ禍がなければ変われないとは
なんとも情けない

コロナ禍の前にも変化はあった
コロナ禍の後にも変化はある

変化の時代には
変化のせいで悪くなる人がいる一方
変化のおかげで良くなる人もいる

戦争のせいで財産を失った人がいると
戦争のおかげで財産を増やした人もいる

変化のない時代はない
どんな時代でも
うまくやる人はうまくやり
うまくやれない人はうまくやれない

うまくいかないことを
変化のせいにしたり
時代のせいにしたり
社会のせいにしたり
他人のせいにしたりするのは
やめよう

変化は
誰のせいでもない

別世界

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった

国境を抜けると海が見えてきた

それまでとは違う別世界に入る感じがして
いい

なにかが待っている感じ
もう戻れない感じ

生きていることはすべて
一方通行
戻ることはないし
同じことは二度と起こらない

別世界で何をするか
思いは広がる

荘厳

科学技術の進歩のおかげで
私たちの活動範囲は大きく拡がった
遠いところで教育を受けたり働いたり
食べたり飲んだり遊んだりする

科学技術の進歩のおかげで
私たちの情報は大きく交錯するようになった
知りたい情報を正しいと信じ
知りたくない情報を間違っていると決めつける

科学技術の進歩のおかげで
多くの病気が治るようになった
私たちの寿命は大きく伸びて
死ぬ年を超えても生きている

科学技術の進歩のおかげで
世界中の人たちが食べられるようになった
自然のものばかりでなく養殖ものを食べ
農業産品ばかりでなく工業製品を食べる

科学技術の進歩のおかげで
生態系は破壊された
動植物が死に絶えるなか
人だけが生きようとしている

人ひとりが死ぬ前には
あらゆるものが荘厳される
人類が死に絶えるときにも
あらゆるものが荘厳されなければならない

その時 私たちは 皆 自然の一部だと感じる
そう
私たちは特別ではないと感じる
自然の一部だと感じる

らしさ

完璧にしようとしても
完璧なんてない

完成させようとしても
完成することはない

永遠を夢見ても
終わりがやって来る

完璧でない君が
誰よりも愛しい

狡い人といると 狡くなる
純な人といると 純になる

狡くなりたければ 狡い人と一緒にいればいい
純になりたければ 純な人と一緒にいればいい

でも
純な人は あまりいない

君は
馬鹿なくらい 純だ

予定調和

相手の俳優がどう演じても
それとは関係なく台本通りに演じる俳優

コード進行から外れることなく
頑なにルールを守ろうとするミュージシャン

ありとあらゆる制約に縛られ
何事もなく終えることに腐心する放送ディレクター

党が決めたことだからと
自分の考えとは違うことをする政治家

予定調和には こころがない
予定調和には 明日を良くする力がない

雪が降る
雪が汚いものを隠す
きれいなものも隠す
雪が色を奪う
音も奪う

雪化粧した景色を
静けさが包む

雪に覆われた夢を
暖かさが包む

色はない

光がなければ色はないという
光に色はないともいう

人は ある波長の電磁波を色と感じる
たとえば700nmの波長の波なら赤と感じ
550nmの波長の波なら緑と感じる

人が感じることのできない波を 鳥が感じる
鳥が感じることのできない波を 人が感じる

君が感じることのできない波を 僕が感じる
僕が感じることのできない波を 君が感じる

光はない
あるのは波だけ
色もない
色を感じるだけ

ものに色がなければ ものは見えない
見えないものを あるとはいえない

起きている時に 夢を追いかけ
寝ている時に 幻を追いかける
あるはずのないものを 追いかける

保守的な人々

雨の日は雨合羽で自転車に乗り
風が吹けばコーヒー屋に入り
雪や夏の暑さはクーラーの部屋で凌ぎ
健康食品で体を守り
慾深く
褒章を気にし
いつも大声で話し
変化を嫌い
群をなし
他人を気にし
他人に惑わされ
他人と同じものを食べ
他人と同じものを着て
他人と同じように暮らし
それなのに他人の言うことを聞かず
でも
酔っぱらって迷惑をかけることなどなく
賭け事はせず
風俗に興味を持たず
消極的で
視野が狭く
人間も狭く
政治的には革新で
経済的には堅実で
近所づきあいはよく
挨拶は欠かさず
皆で歌を歌い
皆で山を歩き
正しく
常識的で
健康的で
真面目な
そういう者に
私はならない
絶対にならない

水の色

私たちは波に囲まれている

寄せては返す海の波
風が作り出す草の波
地面を伝わる地震の波
空気を震わせて伝わる音
そして電磁波

電磁波は研究しつくされ
波長の長いほうから短いほうに
つまり 周波数の低いほうから高いほうに
電波 光 X線 ガンマ線 と分類されている

電波は 長波 中波 短波 マイクロ波 などに分類され
光は 赤外線 可視光線 紫外線 に分類され
可視光線には細かな名前が付き
赤外線に近いほうから
赤 橙 黄 緑 水色 青 紫 などいわれ
みんなで わかったつもりになっている

ものすごい量の波が
目の前を行き交っているらしい
私たちは そのほとんどに
気付くことがない

電波も X線も ガンマ線も
紫外線も 赤外線も
見えないし
感じることがない

一定の周波数の波だけが
可視光線と呼ばれ
眼で検知され
色として認識される

木の葉は赤色を吸収し
緑の光を反射するから
緑に見え
木の葉の色は緑ということになる

水は赤い光をほんの少し吸収するけれど
光を通しやすく反射させることはないので
赤い成分が取り除かれた光が
つまり青い光が 認識される

ただ 吸収される赤い光はわずかなので
少量の水は無色透明に見え
水深が数メートルある所なら
大量の水は青に見える

空の色の反射も無視できない
青い空の下では海も湖も青
夕焼けが反射すれば
水は赤く染まる

目の前の水は透明だし
海や湖の水は青く見える
絵の具の水色は薄い青
心の中の水色はどこまでもきれいだ

君に段だら縞の水の色を
見せてあげたい
時々刻々変わる段だら縞を
一緒に見ていたい

見えない景色

知っていること
知らないこと
知っているつもりのこと
知っているかどうかわからないこと

知っていると思っていても
本当に知っているのかどうかと聞かれれば
わからないと答えるしかない

見ているもの
見ていないもの
見えるもの
見えないもの

見えないものが あるのかどうか
見えないものが あったとしても
あるかどうかは わからない

見えないもの
触れることのできないもの
目の前を通り過ぎるもの
空からやってくるもの
からだを通り過ぎてゆくもの
どこからくるのか わからないもの
地中を通り過ぎるもの

目の前の景色は
もしかしたら
見ているものとは
だいぶ違うのかもしれない

見ていない景色は なんなのか
思い込みが なくなれば
見ることができるのか
見たら なにかが変わるのか

見たいような
見たくないような

開けてはいけないものを 開けてしまったり
見てはいけないものを 見てしまったら
なにかが起きる

なにが起きるかは わからないけれど
きっと
なにかが起きる